『微熱のころ』  戸惑い/寂寥



『微熱のころ 第1話 〜戸惑い〜』


耳に痛い程の蝉の鳴き声。
時計の秒針が時を刻む音と同じで、気にしていなければ聞こえない。しかし一度気になったが最後他の音が一切聞こえなくなってしまう程に賑やかだ。
短か過ぎる夏を謳歌する彼らの悲痛な唄を聴きながら、俺は弟の欲望の塊を口いっぱいに頬張っている。

俺の部屋に比べ、幾分殺風景な野分の部屋のベッドの上で、胡座をかいて座るヤツの膝に顔を埋めるようにして必死に舌を動かす俺の髪を野分の長い指が、行為の先を促すように何度も何度も掻き乱していく。

「・・・つっ・・・ヒロさ・・・ん・・・もう・・・。」

イク時の顔を拝んでやろうと、くびれた部分を唇で擦り立てながら、上目使いにその顔を見上げると、見慣れたいつもの無表情な顔とは違って、俺を哀れむような、それでいて今にも泣き出しそうな表情をしていて、心臓がドクンと鳴った。
今にも俺の口でイキそうなくせに。この後めちゃくちゃに俺を抱くくせに、何て顔で人の事見下ろしてやがんだよ。

弟のくせに。

野分のくせにーーーーーーー




一人っ子だった俺に弟が出来たのは俺がまだ9歳の時の事。
父に手を引かれてうちにやって来た、5歳の小さな男の子・・・それが野分だった。

小学生に「孤児」の意味も「里子」の意味も分かるはずなどなく、ただ俺は両親に言われた「弘樹、お前はお兄ちゃんになるのだから、野分君に優しくしてあげなければならないよ。」という言葉に使命感を感じ、小さな弟を絶対に守ってやるんだと心に誓ったのだ。




「ヒロちゃん、どこ行くの?僕も一緒に行く。」

「ダメだよ。小学校は小学生にならないと行かれないんだ。野分は家で母さんと留守番だろ。」

俺の右手をぎゅっと掴んで、いやいやと首を振る野分の様子に、俺も母さんもため息をついた。この攻防は最近毎朝の事。俺について来ようとする野分を説き伏せて、家に置いて出てくるのは大変骨が折れた。
なかなか新しい環境に馴染めずに、ぽつんと一人で過ごしていた野分が俺に懐いてくれたまでは良かったが、今度は何時も離れなくなってしまったのだ。

ヒロちゃん、ヒロちゃんと名前を呼びながら、ニコニコ笑って後ろをついてくる、その姿は今でも俺の瞼の裏に焼き付いているというのに、俺の服の裾を掴んでいたあの小さな手は、今や俺よりも大きくなって、背もバカみたいに伸びやがって、制服を着てなきゃ中学生にはとても見えない。

「ヒロさん・・・もっと腰を上げて下さい。・・・そう、俺の方に突き出すみたいにして。」

四つん這いになって腰だけを高く上げ、野分を受け入れる為に自分の指を突き立て、まだピリピリと痛む入口を拡げていっていると、突然、野分に手を掴まれ、体内から指を引き抜かれる。
文句を言うヒマもなくローションでベタベタに濡らした野分の指が俺の中へと強引に挿し込まれた。

「うっ・・・ぅあああ・・・あ・・・・。」

「ヒロさん、力抜いて。」

上手く力を逃す事が出来ずに、野分の指をきつく食い締めてしまう俺の背中を宥めるように撫でながら、ゆっくりと野分が指を出し入れし始めた。
2本の指が内壁を擦るように引き抜かれてはねじ込み根本まで押し込まれて、圧迫感とむずがゆいようなわき上がる快感に、堪えきれずに声が漏れる。

「ん・・・あ・・・あ・・・ああっ・・・・。」

「ここ、もういいかな・・・柔らかくなってきた・・・。」

「・・・・早く・・・!野分っ・・・。」

誘うように臀部を揺らす俺の腰を野分の手が強く掴み、ついさっきまで指を飲み込んでいたそこにカチカチに猛った野分のものの先が押し当てられた。

「あああっ・・・!」

獣のように後ろから深々と突かれて、悲鳴みたいな声が零れる。

俺達のこの行為は、恋でも愛でもないから、こうやって道具みたいに後ろから穿たれるくらいでちょうどいい。
弟に抱かれて浅ましく悦ぶ顔など・・・・シーツの海に沈めてしまいたいと思った。

  ◇ 続く ◇



『微熱のころ 第2話 〜寂寥〜』


両親は俺と野分をまったく分け隔てなく育ててくれた。
息子同様に誉め、叱り、たくさんの愛情をもらったのだと思う。そのおかげか俺達は実の兄弟以上に仲が良かった。
小学校高学年ですでに野分に身長を追い越されたのは癪に障ったが、それでも野分は可愛いくて 、勉強はたいてい俺が教えてやった。素直で飲み込みも早く、頭のいい野分は俺の自慢の弟だっ たのだ。

大きな子に苛められていれば、俺が行って助けてやったし、遊びもいたずらも何でも俺が野分の先生だったし、小さな頃も大きくなっても野分はひたすら俺の背中を追いかけてきて、俺はそんな関係がこれからもずっとずっと続くものだと信じて疑った事すらなかった。

「ヒロちゃん」だった呼び名がいつの間にか「ヒロさん」に変わった頃、「どうせなら兄さんって呼べ。」と言った俺の言葉に、野分は何故か頑固に首を横に振り続けた。
やっぱり本当の兄じゃないから呼びたくないのだろうか・・・と急に思い当たって、それ以上無理強いはしなかったが、正直少し傷ついたのだ。
俺は野分の事を本当の弟だと思っているのに、野分はそうじゃないかもしれない。
それは俺が初めて野分に対して感じたわだかまりで、まさかこれから長い年月その事に苦しめられ続けるとはその頃の俺には分からなかった。

俺達2人の自室は二階にあって、両親は階下の奥の和室で寝起きしているから、基本的に階段を使うのは俺達しかいない。
小学生の頃までは部屋の窓を開けて空気を入れ換えたり、本を散らかす俺を見かねてたまに片付けに来ていた母親も中学に上がってからは勝手に出入りしたりしなくなった。自主性を重んじてなんていいつつ「年頃の男の子の部屋なんて臭くて嫌よ。」なんて冗談混じりに言われて本気でムッとしたりもしたが、今はそれが有り難い。

学校から帰って来て、何をするでもなく部屋の真ん中に仰向けに寝そべっていると、みしっみしっという階段を昇ってくる音が聞こえる。ドタドタ足音を立てて上り下りする騒がしい俺とは違 う、この静かな足音は野分以外にはいない。

あいつももう帰って来たのか。

階段を昇ってすぐのドアが俺の部屋で、つきあたりが野分の部屋になっているから、階段を昇りきったらほんの2、3歩でドアの開く音が聞こえるはずなのに、今日はなかなかその音がしない 。確かに階段を昇って来た音はしたのに・・・と気になってきて、俺は立ち上がると自室のドア を開けた。

「・・・・ヒロさ・・・!」

そこには案の定、制服姿の野分がぼけっと突っ立っていて、何故かすごく驚いた顔をしていた 。

「何だ?何か用か?」

「・・・いえ、別に。」

中学生になって、更に背を伸ばした野分は、決して小さい方ではない俺より頭半分くらい大きくて、狭いこの空間で見上げると結構威圧感を感じられる。

あ・・・まただ・・・。

最近、俺が野分の目を見ていると、何故か必ず視線を反らされるようになった。
俺がそっちを見るまではじっと見つめてくる視線を感じるのに、俺がそれに気付いて振り向くと 視線を反らされ、ムッとした顔をされるのが、何だか生意気に思えてイライラしたし、理由もなくそんな態度をとられるのは面白くなかった。

あれか、反抗期ってやつなのか?

野分は無口ではあったけれど、真面目で親孝行な息子だったから、両親に反抗的な態度をとった姿などこれまでに一度も見た事がない。
それどころか我が儘のひとつも言わず、我慢強く、不言実行型のやつに対しての両親の信頼は高く、これでもそこそこ頑張っている俺より多分理想的な息子のはずだ。

なのに、野分は俺に対してだけ態度が変なのだ。

かといって喧嘩をする訳でもなく、俺が一方的に絡んでも、野分は静かに謝るか黙って自室に籠もってしまうかのどちらかで、子供の頃から何でも話し合って寄り添って育ったつもりの俺にとって野分の変化は寂しい以外の何ものでもない。

  

 ◇ 続く ◇



『微熱のころ 第3話 〜寂寥〜』


「最近は勉強とか・・・ほら、分からない事とか無いのかよ。お前塾にも行ってないし・・・またいつでも俺が見てやるからさ・・・。」

どうして弟相手にしゃべるのに緊張しているんだろう。顔が近すぎるからか、野分が変に真剣な顔をしてじっと足もとばかり見つめているからか・・・。

「・・・・じゃあ・・・宿題・・・見てもらってもいいですか。」

「・・・お、おう!じゃあ、俺の部屋に来いよ。」

「鞄を部屋に置きに行って着替えて来ます。」

「分かった。俺、下行って何か飲み物とおやつ貰ってくる。着替えたら先に部屋行っといていいからな。」

中学生になってから声変わりもあり、すっかり大人っぽくなってしまった野分。
ついこの間までプロレスごっこをしたり、一緒の布団に潜り込んで眠っていたのが嘘みたいだ。
夏服の白い半袖シャツから伸びた長い腕は、いつの間にか逞しく太くなっていて、いつまでたってもひょろりと少年のような体型の自分とは全然違う。
自室へと歩いて行く背中がやけに大きく見えて、ぼんやりと視線を奪われ薄暗い廊下に立ち尽くしていた俺は、野分の部屋のドアの閉まる音でようやく我に返った。

階下に降りていき、台所に割烹着姿で夕飯の準備をしている母親を見つけて、声をかける。

「母さん、何か飲み物と・・・お菓子ない?野分と一緒に食べるからさ。」

「あら、ヒロちゃんとのわちゃんが一緒に、なんて久しぶりねぇ。」

「・・・いい加減、ヒロちゃんって呼ぶのやめろよ。野分でも言わねーぞ。」

「いいのよ。ママにとっては幾つになっても可愛いヒロちゃんとのわちゃんなんだもの。」

「あーそー。」

冷蔵庫から勝手に麦茶のボトルを取り出し、盆の上にそれと、グラスを2つ、母親が差し出したクッキーを1箱乗せると、そろそろと階段を昇って自分の部屋へと戻った。
すでにTシャツと短パンに着替えた野分が、俺の部屋の真ん中で、じっと何かを凝視している。「何見てるんだ」と声をかけようとした瞬間、野分の視線の先に何があるのか気がついた。

去年の夏に撮った、俺と野分と秋彦の3人が写った写真。
うちの庭で花火をやった時の写真で、全員うちの母親が縫ったお揃いの浴衣を着て並んで写っている。
勉強机の上に置かれた小さな写真立てに入ったその写真を野分は必死に見つめるあまり、戸口に立っている俺の存在にも気がついていない。

「オイ。」

「ああ、ヒロさん。」

何事も無かったかのように振り返る野分に座るよう促すと、折りたたみの座卓を真ん中に置いて、向き合った位置に座り、盆を机の上に下ろす。

「その写真がどうかしたのか?」

「・・・・・いえ、何でもないです。」

「つーか、同じ写真、お前ももらってただろう。どこやったんだよ。」

「・・・ちゃんとありますよ。多分アルバムの中に。」

いずれ独立したくなった時に持って出られるようにと、俺達はそれぞれにアルバムを作ってもらっている。俺のアルバムには産まれた日から今までの写真が順番に収められ、野分のアルバムは当然5歳から始まっている。それに気がついた時、俺はまだ小学生だったけれど、普段全く忘れて過ごしている野分の身の上を思い知らされたようで、俺はその夜ベッドの中で一人泣いた。
小さい頃から一度だって「寂しい」とも「つらい」とも言わない小さな弟の代わりに、声を殺して泣いたのだ。

一晩泣いて、翌日目を腫らして起きてきた俺の顔を見て家族全員が驚き、理由を聞かれたが「寝る前に怖い話の本読んだから。」と言って誤魔化した。
『ヒロちゃん、今度怖くなったら僕が一緒に寝てあげるから、泣かないで、ね?』
と小学校にあがったばかりの野分に言われ、赤面したのも覚えている。

そう考えてみれば、野分は小さい頃からどこか大人びたところがある子供だったように思う。今も違う意味で中学生には見えないが。


  ◇ 続く ◇


『微熱のころ 第4話 〜寂寥〜』



「で、どれを見てやればいいんだ。」

俺は野分が持って来た懐かしい中学生向け教科書をめくる。
野分の教科書は外から見ると一見新品のようにきれいなのに、ページのあちこちについた開き癖とページ下についた黒ずみでこいつが大切に読み込んでいるのだと分かる。
幼い頃から本が好きだった俺は、本を大切にするやつが好きだ。大切にする・・・というのは、触らずにカバーをかけて飾っておけ、という意味ではない。繰り返し何度も手にとって、手垢にまみれてくたくたになるまで読む・・・それが本を大切にする事だと思う。

野分の本は教科書にいたるまで、どれも幸せそうだ。

「今日出た宿題が、ここからここまでの文章を読んで・・・・・。」

「うん。」

課題が出た範囲の説明をする野分の向かいから一緒に教科書を覗き込んでいると、お互いの前髪と前髪がかすかに触れた。

「・・・・っ!」

ふいに弾かれたように野分が体を後退させた為に、膝で蹴り上げられた座卓がガタンと大きく揺れた。驚いた俺の目の前で座卓の上に置いておいた麦茶のグラスがひっくり返る。

「わっ!」

グラスは割れる事なく、そのまま畳の上をころころと転がっていったけれど、俺の着ていたシャツも短パンも麦茶でびしょびしょで、しかも座卓の上では零れた麦茶の海が野分の教科書やノートに迫ろうとしていて、俺は慌ててそれらを引ったくる。

「すみません。ヒロさん。」

「そんな事はいいから教科書取れ。汚れるだろう。」

とりあえずベッドの上に教科書やノート、筆記具を非難させて、ティッシュで座卓の上と畳を拭いた。すぐに水分を拭き取ったのが良かったのか幸い畳に染みこんではないようだ。

「俺、母さんに雑巾貰ってきます。」

「おう。乾いたのと、濡らして絞ったのと2枚持って来てくれ。」

ひっくり返してしまったグラスを持って階下に降りていった野分を見送って、俺は自分の着ているものを見下ろした。開衿シャツも短パンも麦茶でべたべただ。

「・・・げ。パンツまで濡れてんじゃねーか。」

短パンのウエストを引っ張って中を覗くと下着まで濡れてしまっている。つくづく今が夏場で良かった。これが熱いお茶だったら・・・と想像して、俺は小さく震えた。

とりあえず着替えるか。
汚れたシャツと短パンを脱いで、下着をずらしかけたその時、おもむろに背後でドアが開かれる。

「ヒロさん、雑巾・・・・。」

「ああ、わりい。」

下着を下ろしながら野分の方を振り返ると、奴はドアノブを握ったままの姿勢で呆然と固まっていた。泳ぐ視線が自分の体に向けられていると気付いて初めて、急に恥ずかしくなった。

「ば・・・・バーカ、何じろじろ見てんだよ。着替えにくいだろ。」

慌ててタンスから替えの下着を引っ張り出して履く。

この間まで風呂だって普通に一緒に入ってたのに、何で俺恥ずかしくなっちゃってんだよ。野分が最近急に大人びたからか?

それともこの頃妙に気になる、この射貫くような視線のせいか・・・。

ジーパンに履き替え、シャツの釦をはめながらちらりと野分の顔を見やると、またふと目を背けられる。

何なんだ・・・こいつ。
気付けばじろじろ見つめているくせに、俺に気付かれた途端目を離す。
俺は野分を睨み付けながら服を着替え終わると、汚れた服をくしゃくしゃにして盆の上に乗せた。

「ホラ、いつまでぼけっとしてんだよ。さっさと片付けて宿題の続きやるぞ。」

「あ・・・はい。」

あと10日もすれば夏休みがやってくる。
そうしたら、バイトも部活もやっていない俺は必然的に家に居る時間が長くなる訳で・・・そうなると、これまた塾にも行かず、部活もやっていない野分と顔を合わす時間が増えるだろう。
せめて母親が階下に居てくれればまだいいが、何しろ多趣味で友人の多い人だから、昼間は大抵出かけてしまっていて、俺達2人きりになってしまう確率が高くなる・・・・。
そう考えると、楽しみだった夏休みがほんの少し憂鬱に思えてきた。

野分がそんな苦しそうな、切なそうな顔で見つめてくるから・・・悪いんだ。


  ◇ 続く ◇



戸惑い 2009/7/22掲載  寂寥 2009/7/25・28・30掲載   


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