『肌』

『肌』

 

俺には、他人と初めて肌を重ねた時の記憶がない。

大学に入ってすぐの頃、受験が終わった開放感で、自分もまわりもどこかふわふわと浮き足立っていた4月、顔を覚えたばかりの学部の奴ら数人と飲みに行って、何軒か梯子をした後記憶が飛んで、次に気付いた時、俺はホテルの一室、見知らぬ男の隣で目を覚ました。
ゆらゆらと微睡んでいた気分は、隣に眠る裸の男を見た瞬間吹っ飛び、俺は薄暗いベッドの上で慌てて体を起こした。
体に残る鈍い痛み。
あちこちべたつく体。
何があったかは想像に容易かった。
男を起こさないようにゆっくりとベッドから降りて、床に散らかった自分の服をかき集めると、バスルームに飛び込んで脱衣場の明かりを灯す。
歩いた弾みで残滓が足を伝い、ぞっとする。バスルームにあったタオルを濡らして簡単に体を拭うと急いで服を身につけ、テーブルの上に5千円札を放り投げると、そのまま部屋を飛び出した。

大丈夫、同じ学部のヤツじゃあなさそうだった。
多分2度と顔を合わす事もないだろう。

深夜の為に明かりを落としたフロントの前を足早に通り越し、ホテルを後にする。
どうしようもない自己嫌悪と、後悔にしばらく秋彦の顔がまっすぐ見られなかった。

 


それから3年以上の時が過ぎ、秋彦への想いが袋小路に迷い込んで、身動きとれなくなっていた頃、勉強を見てやっていた野分から突然の告白を受け最初は流されるままに関係をもつようになった。

俺を好きだと、だから好きになって欲しい、そう言った野分。

ぎこちない愛撫は、どう見ても不慣れだったが、野分に触れられるといつもどうしようもない程体が疼いた。恥ずかしいくらい興奮して、夢中になってヤツに縋り付いて、声が出なくなるまで啼いて・・・。

自分の体が変わっていく。
他の男達とも秋彦とも、いくら肌を重ね、体を繋ぎあっても、こんな風にはならなかった。
野分だけが、野分に抱かれる事だけがどうしてこんなに違うのだろう。どうしてこんなに特別なのだろう。

 

「ヒロさん・・・・。」

野分のベッドの上、俺は脚を限界まで大きく開かされ、体の奥深く野分を受け入れていた。
あれからもう7年。
俺は、もうその答えを知っている。

好きだから。

好きで好きで何物にも代えられない大切なヤツだから、触れられれば心も躰も悦んで震える。

「あっ・・・・ああ・・・・野分・・・。」

ゆっくりと律動を始めた野分の動きにあわせて、俺も腰を揺らす。擦られる気持ち良さに野分を受け入れている部分にぎゅっと力が入ってしまって、そうする度野分の眉が苦しそうに寄せられた。

「・・・あっ・・すごい、気持ちいいです。・・・ヒロさん・・ヒロさんのここ、イイ。」

野分の上擦った声に俺もまた煽られて、はしたなくもひっきりなしに声が漏れる。
気持ち良くて、嬉しくて、どうにかなってしまいそうだ。

野分に抱かれてから、俺は・・・ずっと、野分しか知らない。

 

 

あの日、自分のアパートの部屋に転がり込むように駆け戻って、長い時間シャワーを浴び続けた。情けなくて、涙があふれて、散々自分のだらしなさを責めた。

あの時の涙を、痛みを・・・俺は今でもたまに思い出す。
一緒にいた男の顔はすっかり忘れてしまったけれど・・・・。

そして今、俺を抱き締めて眠る大好きなこいつの腕の中で、幸福な倦怠感に体を弛緩させて、その胸元に額をこすりつけながら、こいつと出会えた奇跡にそっと胸の中で感謝したくなる。

野分が俺を好きになってくれて良かった。
俺も野分を好きになって良かった。

肌が何もかも教えてくれる。好きだからこそ、繋がりあえる喜びがあるのだと。

まだ幼かった、恋を知っているつもりで何も知らなかった、あの日の俺にそれを教えてやれたら、と想う。


 ◇ おわり ◇

 


お題提供
『みんながヒロさんを愛してる』同盟様

肌→繋ぐ でした。

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