『花冷』
三寒四温。
この季節は暖かかったと思えば急に寒くなったりもして、出かける時に何を着ればいいのか真剣に悩む。
朝、出かける支度をしている時には肌寒そうだから・・・とクリーニングに出そうと紙袋に突っ込んでおいたコートを再び引っ張り出して着たはいいが、大学までの道のりの間に歩いて大汗かいてしまったりもする。
最近は建物の中はたいてい空調が効いているから、少し薄着くらいで丁度いいはずなのだ・・・。
「ヒロさん、いくら歩いて5分とはいえ、その格好じゃ寒いでしょう。」
「コンビニまでだし、平気だと思ったんだよ・・・。」
夕食の後、テレビを見ていた野分が急に「肉まんが食べたくなった。」と言い出したので、何となく俺も一緒にコンビニに行くかなと思い立って2人でマンションを出たまでは良かったが、やっぱり上にもう1枚羽織ってくるべきだったか、シャツの上に部屋着のカーディガン1枚きりでは3月の夜風はしのげなかった。花冷えの風に吹かれる度に情けないほど肩が震える。
「これ着て下さい。風邪ひきますよ。」
野分が自分の着ていたパーカーを俺の肩にかける。
「いらねーよ。お前こそやせがまんして風邪ひいても俺は知らねぇぞ。」
パーカーを野分の胸に押し返そうとして、その手をきつく掴まれた。
「・・・ンだよ。」
「着て下さい。」
フン。野分の分際でそんな睨んだって全然怖くねーんだよ。
有無を言わさずパーカーの袖に俺の腕を突っ込んで、無理やり着せてしまうと無言のままジッパーをぐいっと上まで上げられる。
「だいたいヒロさんの方が寒さに弱いんですから。無理しちゃダメですよ。」
「夏になったら暑さにも弱いけどな。どーせ俺は我がまま体質だよ。」
野分の貸してくれたパーカーはデカイ上にやたら重くて、何だかコイツを背負って歩いている気がしてくる。あれか?怨念でも籠ってんのか?
薄手のセーター1枚の野分は、ちっとも寒くないような顔してニコニコ笑いかけてくる。何かムカツクな。
コンビニで目的の肉まんを2つ包んでもらい、ついでに朝食用の食パンと牛乳を買う。会計を済ませて帰ろうと振り返ったら、野分が菓子売り場の前で突っ立っている事に気がついた。そんなデカイ図体で売り場塞いでたんじゃ営業妨害だと思うぞ。
「何だ、欲しいモンあるんだったら・・・・。」
と言いかけて、野分がじっと見ている視線の先にあるものに気づく。
「先に言っとくけど、今年は俺からもくれてやったし、お前も用意していたんだから、すでに『おあいこ』だ。返しなんかいらねーぞ。」
野分が見つめていたのは、最近定番になりつつあるコンビニオリジナルの名パティシエプロデュースのホワイトデー用商品の並ぶ棚だったのだ。
赤やピンクでチカチカしていて、女性客が押し寄せ阿鼻叫喚となっていたバレンタインデー売り場にあった商品と違って、ホワイトデー用商品は男性が購入ターゲットのせいかシンプルだったりシックなデザインのパッケージが多い。
これなら毎年恥ずかしい思いをしながらバレンタインに買い物をしなくても、俺らはホワイトデーに買えばいいんじゃないのか。変な悪目立ちしなくて済むし・・・・って、俺!何普通にバレンタインデー慣れしてきてんだよ!バカか!
「それでも俺、ヒロさんにチョコ貰えて、すごく嬉しかったんです。お返ししたいです。」
「いらねぇって。つか俺は買わないからな。」
「そんな形式ばらなくていいです。これ買って来ますから、帰りながら一緒に食べましょう。」
「・・・勝手にしろ。」
野分は一番手前にあった銀色の包み紙にブルーのリボンの小さな箱を一つ手に取るとレジに持って行った。
マンションまでの帰り道、歩きながらガサガサと野分が包みを破って中身の菓子を一粒差し出してくる。
「甘いモン食いたい気分じゃねーんだけどな。」
「大丈夫です。甘くないのをちゃんと選びました。」
口の中に指先で押し入れられた丸い物体に歯を立てると、カシュッという軽い音と共に薄い殻が破れて中からアルコールの薫りのする液体が口の中に拡がった。
「ふーん、ウイスキーボンボンか。」
「これなら甘くないからいいでしょう。」
たいてい女性向けに作られているだろうと思われるホワイトデーギフトにしては珍しい気がした。いや、女なら皆甘い物で喜ぶと思うのは俺の偏見か。
小さなボンボンを交互に口にしながら、家路を辿る。
「何だか暖かくなってきた気がしますね。アルコールのせいでしょうか。」
「ばーか。お前がこれっぽっちで効き目ある訳ねーだろ。」
野分のでっかい手に触れると案の定冷たくて、俺はぐっとその手を握ると着ているパーカーのポケットに自分の手ごと突っ込んだ。
「帰るぞ。」
最初ちょっとびっくりして見開いていた野分の目がゆっくりと細められる。
ポケットの中で指を絡められて、顔を見上げて睨みつけたけど、ますます嬉しそうな顔をしたのでちょっとだけ、ムカついた。
◇おわり◇
作品解説
ホワイトデー用に何か書きたい!と急に思い立って書いたお話。
コンビニデートが書きたかったのです。