『早起きした朝』




子供の頃から、寝汚いだの、寝起きが最悪だの、起きてすぐはゾンビだの言いたい放題に言われてきた朝に弱い俺が、今朝は珍しく早く目が覚めた。
しかも今日は休日で、何と野分の奴も休みで、別段早く起きる理由など何も無かったのだけれど・・・まあ、あれだ。俺は遠足の日とか日曜日に限って張りきって早起きするタイプの子供だったから・・・・。

日付も変わるギリギリに帰宅した野分を、寒いし疲れているだろうから、と風呂に入らせ、夜食にインスタントラーメンを作ってやって食わせたら、喜んだ奴の寝室にお持ち帰りされた俺。
遅いんだし、疲れているんだから、とりあえず寝ろ、そんな事は明日でもいいだろうと諭す俺の言う事を全く聞こうともしないで、「明日の分は明日いただきます。」とか何とか訳の分からない理屈をこねられて押し倒された。大きな体で上に乗られて、ぎゅうぎゅう抱き締められて、唇を吸われているうちに何だか怒る気も失せてきて、結局陥落。
外じゃこいつ、真面目で温厚な好青年で通っているようだけれど、俺の前じゃ全然違うよな。いや、真面目なのも温厚なのも間違ってはいないが、時々天然なんだか、ものすごく計算高いのか分からない時がある。特にベッドの主導権に関しては、本当なら年上の余裕で俺がリードしてやりたい気持ちもあったりするのに、だいたいあいつの強引さに押されて押されて結局最後にはなし崩し・・・というのがパターンだ。
付き合いだしたばかりのあいつが十代の頃に、ちゃんとビシッと躾なかった俺が悪いのか、どうもあいつは甘えりゃ何でも通ると思っている節がある。どれだけ俺が「ダメだ。」と言おうと、とろけそうな笑顔で微笑んだり、しょんぼりと消沈した顔をすれば俺が何でも許すと思ってるに違いない。

つか・・・まぁ、あれだ。そんな野分の表情に弱い俺がダメなんだ。
ついつい可愛いとか思っちまって、気がついたら言いなりになってる。翻弄されて、流されて、甘えられて、甘やかされて、あいつに好き勝手に体をいじくりまわされても、嬉しいと思っている俺が一番悪い。

まだ眠っている野分の隣から、そっとベッドを抜け出して、その辺にぽとぽとと落っこちている洋服を拾い集めて身につける。ついでに野分のパジャマやパンツも拾って掛け布団の上に置いた。

時計を見ると、まだ5時をまわったばかりで、もう少し眠っていたい気もしたけれど、まあたまにはいいかと思いながら眠っている野分を置いてキッチンに向かった。

とりあえず頭をすっきりさせたくて、コーヒーを淹れる。
いつもならちゃんとサイフォンで淹れるが、一人分だし、野分と飲む分はまた起きてきてからの方がいいような気がして、棚からインスタントコーヒーの瓶を取り出した。家で一人の時や、研究室ではたいていこれだ。旨くもないが不味くもない。

お湯が沸くまでの時間、ぼんやりと壁にかかったカレンダーを眺める。
今日の朝食当番は、野分。
二人とも休みの日だし、きっと手のこんだ旅館の和定食みたいなの作りやがんだろうな・・・と思いつつ、ふと俺は椅子から立ちあがった。
そうだ、早起きしたんだし、たまには俺がちゃんとした朝メシ、作って食わせてやればいいんじゃねぇの。

そう思ったら何だか急にやる気になってきて、俺は自分用のエプロン(野分がこの間俺にって買って来た。オフホワイトのデニム地のシンプルなやつ)を手に取ると、いそいそとキッチンに入った。

ちゃんと飯炊いて、味噌汁作って、魚を焼こう。

いつもは朝ギリギリまで寝ているから、当番の日でもコーヒー淹れて、食パン焼いて、終わり、なんて事も多くて、野分には悪い事をしているし、今日はきちんとした朝メシ用意して驚かせてやる。

米を量って炊飯器の内釜に入れ、米をとぐ。
野分のように土鍋で飯を炊いたりなんていう器用な事は出来ないから、米と水の分量さえ間違わなければ失敗しない炊飯器が頼りだ。
いつも思うが、この米をとぐという作業を、いったいどこで終わればいいのかさっぱり分からない。
水の色が透明になってきたらもういいのだと以前野分に教えられたが、いじっていると、いつまで経っても水は白く濁ってきて、延々ととぎ続ける事になる。
俺は白黒はっきりしていないと嫌な性分だ。
米にもその辺はっきりして欲しい。

炊飯器のスイッチを入れ、次に味噌汁を作る事にする。
これは最近ちょっと自信がついてきた。
だしパックを鍋の水の中に入れ、沸騰してきたらパックを取り出す。具は冷蔵庫にあった豆腐と油揚げ。しょっぱくなり過ぎないように味を見ながら味噌を溶かす。
やたらと塩辛い俺の味噌汁と違って、野分の作る味噌汁はいい香りがしてちょっと甘い。同じだし、同じ味噌を使っているはずなのに、どうしてこうも違うのだろうかと不思議で仕方なくて、俺なりに色々研究してみた。そこで気がついたのは、味噌の量と、味噌を溶いている時の鍋の状態の違いだ。ぐらぐらに沸いた鍋に味噌を投入する俺と違って、野分は少し火量を絞っているみたいで、真似したらちょっと味がマシになった。まだまだ改善の余地はありそうだが、まあこんなもんでいいだろう。一度鍋の火を止めて、葱を刻む。

魚は、野分が買って来て冷蔵庫に入れておいたらしい、鯵の開きの半干しにする。2日前は野分が焼いておいてくれたこれをつまみに一人晩酌をした。

魚焼きのグリルに鯵を二匹並べて、火を入れる。
窓の外を見ると、起きてきた時には真っ暗だった外が、ぼんやりと明るくなり始めていて、ちょっと新鮮で嬉しい気持ちになった。

ダイニングの椅子に反対向きに座りながら、コーヒーを啜る。

二人で暮らすこの部屋で、一人過ごす日々はちっとも楽しくないけれど、家の中にちゃんと野分が居てくれると分かっているだけで、こんなにも俺はわくわくしている。
あいつの喜ぶ顔が見たい。
二人でゆっくりと飯が食いたい。
そんな些細な事が、何よりも楽しみでたまらなくて。
そろそろ魚が焼けるんじゃないのか、と 何度も何度もグリルを開けて中を覗き込んでいたら、寝室のドアが開いて野分が起きてきた。

「何だかいい匂いがしてきたので。」

パジャマの下だけを穿いたヤツは寝癖だらけの頭をぽりぽりと掻きながら、俺を見るとへらっと嬉しそうに笑った。

グリルの前でしゃがみ込んでいる俺の隣に並んでしゃがんで一緒にグリルを覗き込む。

「魚ですか。美味しそうです。」

「・・・これ、もう焼けてんのか?味見する訳にはいかねーし、見ててもよく分からん。」

「もう大丈夫ですよ。ちょうどいい焼き加減です。」

そう言う野分の言葉に従ってグリルの火を止めると、そのままの姿勢で唇を重ねられた。
キッチンのコンロの前で、二人ともしゃがみ込んだ状態のまま、ちろちろと動き回る野分の舌先を捉まえる。

部屋の中には、飯を炊く湯気の薫りが漂っていて、俺はキッチンの床の上で惚れた男の唇を吸っている。


目覚めのキスにしては長くてしつこい口づけに、色々ともやもやしかかっていたら、突然炊飯器の電子音が鳴り響いて俺達はキスを中断した。

「・・・・飯、炊けた・・・ぞ。」

「そうですね。嬉しいような、残念なような。」

照れたように笑う野分の頭をポンポンと撫でると、「朝メシ食うぞ。」と言って先に立ちあがった。

窓から差し込む、きらきらと輝く朝の日差し。
嬉しそうに食器を並べる野分の背中。
お茶を淹れる為に、再びケトルをコンロにかけながら、俺は今日一日の計画を頭の中に思い描いていった。


 ◇ おわり ◇



2010年4月5日掲載



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