『額』


『額』

 

風呂あがりに「暑いからまだいらない」と言うヒロさんに、俺が半ば無理やりパジャマを押しつけたのは、いつまでも裸同然で目の前を歩き回られたら目の毒だからだ。
湯冷めの心配は・・・・6月の今はそれほど気にしなくてもいいだろう。
それなのに、せっかく渡したパジャマの下はソファの上に放り投げたまま、上も殆ど前をはだけて羽織った程度で、後ろから見るとすらりとした脚がパジャマから直接伸びていて、パンツも履いてないように見えてしまって、返って扇情的かもしれない・・・・と思った。

ご飯も食べずに風呂場に直行させ、散々そこで立ったまま抱いて、ぐったりするまで喘がせて、ずいぶんと無茶をさせてしまった。
それでも本音を言えば、まだ全然足りない。
2週間以上すれ違いで、その間会ったと言えば俺の帰宅と入れ違いに出勤していくヒロさんにほんの数秒の短いキスをしたのと、忘れ物を病院まで届けてくれたヒロさんと二人きりで少しだけ話をして、手を握っただけだったのだ。
あまりのヒロさん不足に、後半など自分がまっすぐ立てているのか自信がない程ふらふらになりながら働いている事もあった。

明日はようやく貰ったお休み。
週末だからヒロさんも当然仕事は休み。出かける用があればダメだけど・・・そうでなければずっと一緒に過ごせるのだ。はしゃぐなという方が無理だと思う。

駅から家までの道のりもゆっくり歩いているのが勿体ない気がしてきて、ついつい歩が早くなる。この時間なら早ければヒロさんも帰宅しているかもしれない。
そう思うとますます足を運ぶスピードは増して、気がつけば走っている自分がいた。

早く家に帰りたくてそわそわしている俺は途中交差点の信号で足止めを食らう。
ああっここの信号は長いんだ・・・これは3分近くのロスに違いない・・・。
がっくりしながら信号の横に立っているコンビニの店内にふと目をやると、そこにはスーツ姿のヒロさんが買い物カゴを手に真剣な顔で立っているのが見えた。

買い物かな?

偶然会えた喜びに、さっきは恨んだ信号機に感謝しつつそっとコンビニの中へと入る。

店内はちらほらと買い物客の姿もあって、ざわついていたからかヒロさんはまだ俺に気付いていない。

何を真剣な顔して見ているのだろう。

こちら側に背中を向けている冷凍ケース前にいるヒロさんにゆっくりと近づいていった。
ちらりと見えるカゴの中には、ビールやら酎ハイやらの缶とおつまみ、カップラーメンなどが覗いている。

そうか晩ご飯の買い物に寄ったんだな。

俺が仕事で帰れない時、ヒロさんがすごく適当な物で夕飯を済ませている事は分かっている。何故ならいつも三角コーナーがきれいだからだ。
育ちの良さも手伝って味覚はしっかりしているクセして、元来ものぐさなところがあって、普段自分の口に入れる物に無頓着な彼は、放っておくとジャンクフードやインスタントばかり口にするのだ。

こんなに近くから覗きこんでいるというのに、全く背後の様子に気がつかないヒロさんは、どうやらアイスクリームを買おうと吟味しているらしく、真剣な横顔があまりにも可愛いかった。

その時にヒロさんが悩んで買ったアイスは・・・というと、今現在、風呂上がりの彼の手にある。

上パジャマ、下パンツだけという格好のままでソファに胡座をかいて座り、アイスバーを咥えたまま机の上にあるテレビのリモコンに手を伸ばす。

一緒に俺もバニラアイスの小さめのカップを1つ買って、食べているけれども、目の前のヒロさんが気になって全然味が分からない。

風呂上がりで上気し、ほんのりとピンクに染まった頬、生乾きでしんなりと首筋にはりついた柔らかい髪の毛、大きく開いたパジャマの襟元から覗く眩しいくらいに白い肌、パジャマの裾から伸びた滑らかな太ももと、男にしては体毛も薄くきれいな膝から下・・・・・。

そしてチョコレートバーを舐める口元も気になる。
細身のアイスバーを口に含んだままテレビを見ていると思ったら、ゆっくりと唇から引き出される瞬間それに絡みつく赤い舌がちらりと覗いた。口の中の熱でとろけて滴りそうなチョコを唇ですすってから、今度は小さくて可愛い犬歯を立てて・・・・

「何してんだ。とけるぞ、早く食え。」

どれだけ間抜けな顔でヒロさんに見とれていたのだろう、突然額をぺちんと叩かれて俺はようやく我に返った。

「いらないんなら、そっちも俺が食ってやる。よこせ。」

さっきまでいやらしい目で見られていたとは知らないヒロさんが俺の手に持ったアイスを指さした。

「いいですよ。どうぞ。」

俺はスプーンでアイスをすくい取ると、ヒロさんの顔の前にそれを差し出した。
そうしてから初めて、あーんなんてして怒られるかな、と気付く。

しかし、ヒロさんはごく自然にそれをぱくりと口に含み、満足そうに笑うと「ウマイな。」とつぶやいて再び口を開けた。

ツバメの子に餌付けしている気分で、またスプーンでアイスをすくうとヒロさんの口へ運ぶ。

可愛い、なんて可愛いんだろう。
感動しながら、どんどんアイスを食べさせていたら、あっという間に俺のカップは空っぽになった。

「あ、わりぃ本当に俺が食っちゃったな。」

じゃあ、なんて言いながら自分の食べかけのアイスバーを俺の唇に押しつけてくる。

「特別に一口やる。」

無邪気過ぎるその表情を眺めながら、夕食の後はこのお礼に、俺の部屋のベッドにご招待するつもりで・・・遠慮せずチョコアイスを一口囓らせてもらった。


 ◇ おわり ◇

 


お題提供
『みんながヒロさんを愛してる』同盟様

額→叩く でした。

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