『額』 |
『額』
風呂あがりに「暑いからまだいらない」と言うヒロさんに、俺が半ば無理やりパジャマを押しつけたのは、いつまでも裸同然で目の前を歩き回られたら目の毒だからだ。 ご飯も食べずに風呂場に直行させ、散々そこで立ったまま抱いて、ぐったりするまで喘がせて、ずいぶんと無茶をさせてしまった。 明日はようやく貰ったお休み。 駅から家までの道のりもゆっくり歩いているのが勿体ない気がしてきて、ついつい歩が早くなる。この時間なら早ければヒロさんも帰宅しているかもしれない。 早く家に帰りたくてそわそわしている俺は途中交差点の信号で足止めを食らう。 買い物かな? 偶然会えた喜びに、さっきは恨んだ信号機に感謝しつつそっとコンビニの中へと入る。 店内はちらほらと買い物客の姿もあって、ざわついていたからかヒロさんはまだ俺に気付いていない。 何を真剣な顔して見ているのだろう。 こちら側に背中を向けている冷凍ケース前にいるヒロさんにゆっくりと近づいていった。 そうか晩ご飯の買い物に寄ったんだな。 俺が仕事で帰れない時、ヒロさんがすごく適当な物で夕飯を済ませている事は分かっている。何故ならいつも三角コーナーがきれいだからだ。 こんなに近くから覗きこんでいるというのに、全く背後の様子に気がつかないヒロさんは、どうやらアイスクリームを買おうと吟味しているらしく、真剣な横顔があまりにも可愛いかった。 その時にヒロさんが悩んで買ったアイスは・・・というと、今現在、風呂上がりの彼の手にある。 上パジャマ、下パンツだけという格好のままでソファに胡座をかいて座り、アイスバーを咥えたまま机の上にあるテレビのリモコンに手を伸ばす。 一緒に俺もバニラアイスの小さめのカップを1つ買って、食べているけれども、目の前のヒロさんが気になって全然味が分からない。 風呂上がりで上気し、ほんのりとピンクに染まった頬、生乾きでしんなりと首筋にはりついた柔らかい髪の毛、大きく開いたパジャマの襟元から覗く眩しいくらいに白い肌、パジャマの裾から伸びた滑らかな太ももと、男にしては体毛も薄くきれいな膝から下・・・・・。 そしてチョコレートバーを舐める口元も気になる。 「何してんだ。とけるぞ、早く食え。」 どれだけ間抜けな顔でヒロさんに見とれていたのだろう、突然額をぺちんと叩かれて俺はようやく我に返った。 「いらないんなら、そっちも俺が食ってやる。よこせ。」 さっきまでいやらしい目で見られていたとは知らないヒロさんが俺の手に持ったアイスを指さした。 「いいですよ。どうぞ。」 俺はスプーンでアイスをすくい取ると、ヒロさんの顔の前にそれを差し出した。 しかし、ヒロさんはごく自然にそれをぱくりと口に含み、満足そうに笑うと「ウマイな。」とつぶやいて再び口を開けた。 ツバメの子に餌付けしている気分で、またスプーンでアイスをすくうとヒロさんの口へ運ぶ。 可愛い、なんて可愛いんだろう。 「あ、わりぃ本当に俺が食っちゃったな。」 じゃあ、なんて言いながら自分の食べかけのアイスバーを俺の唇に押しつけてくる。 「特別に一口やる。」 無邪気過ぎるその表情を眺めながら、夕食の後はこのお礼に、俺の部屋のベッドにご招待するつもりで・・・遠慮せずチョコアイスを一口囓らせてもらった。
額→叩く でした。 |
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