「悪い、もう来てたんだな」
向こうから少し急ぎ足でヒロさんがこちらへ近付いてきた。
俺はそれを笑顔で迎える。
「まだ約束の時間より30分も早いですよ。
ヒロさんいつもこんなに早く来てたんですね」
「き、今日はたまたま早く着いちまっただけで…」
視線を僅かに逸らしてそう言うから、それが照れだとすぐに分かった。
そんな彼が愛しい。
「行きましょうか」
促せば足が自然とそちらへ向かう。
お決まりになったデートコース。それ自体は随分味気無い。
けれど彼が隣にいるだけで、俺にとってそれは特別な場所になる。
アメリカへ発つまであと3日。
少しでもこの目に焼き付けたくて、時間の許す限りずっと彼を見つめていた。
瞳に映るもの
「ヒロさん、明日は忙しいですか?」
ファミレスからの帰り、駅までの道の途中。
近過ぎず遠過ぎずの微妙な距離をあけて並んで歩く。
「明日?…来週学会の発表があるって言ったろ、
その準備しなきゃなんねーから…」
そうか。
だったら多分、彼に会えるのは今日が最後になるだろう。
留学期間は2年。たかが2年だ。
730日。…やっぱり少し長いかもしれない。
これまでだって、そんなに頻繁に会えていたわけではなかった。
それでも月に一度でも会えれば、また次の1か月を頑張ることができたんだ。
2年なんて、耐えられるだろうか。いや、それくらい耐えないといけない。
遥か先を歩いているこの人に、少しでも追い付くために。
…少しでも好きになってもらうために。
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どんなにゆっくり歩いてもその距離が変わるはずもなく、呆気なく目指していた駅に着いてしまった。
別れを惜しむ俺にはおそらく気付かずに、彼はさっさと改札を抜けていく。
時間が時間なだけに、ホームに立つ人影はまばらだった。
ヒロさんとは乗る方向が逆だから、いつもここでさよなら。
すぐに俺の乗る列車がホームに滑り込む。
「じゃあな、気を付けて」
「はい、ヒロさん学会頑張ってくださいね」
「…おう」
ドアの近くまで見送りなんて照れ屋な彼はしてくれない。
人気がないのをいいことに、離れる間際に軽くその唇に触れた。
すぐにドンっと突き放されてしまったから、俺は大人しく列車の扉に向かう。
それでも車両に乗り込むその後ろから視線を感じることで、彼がこちらを見てくれていることは分かる。
振り向いたら、そっぽ向いちゃうかな。
そう思いつつゆっくりと後ろを振り返れば、真っ直ぐこちらに向けられていた視線とぶつかった。
咄嗟のことに戸惑ったのか視線を泳がせ、それでも逸らすことなく俺を見る瞳。
好きになって欲しかった。
最初はただそれだけの想いだったのに、いつの間にかその気持ちはどんどん膨らんで、欲張りになっていく。
もっと好きになって欲しい。俺だけを見て欲しい。
……誰にも渡したくない。
彼の隣に居続けるために、もっと彼に認められたい。
俺が隣にいることで、恥ずかしい思いをさせたくない。
だから、これは必要なんだ。早く、確実に、彼に並ぶためには。
そう言い聞かせないとすぐに決心が揺らいでしまいそうだった。
動き出した景色から彼が消えるまで、ずっと目で追い続けた。
やがて暗い車窓に映った自分の表情は、
なんとも情けなく酷いものだった。
END
presented by ヘキ様 (ストロボ)
SSの1ケ月連続更新達成の時のお祝いに頂きました。
挿絵を描くのに手間取りまして公開が遅れてごめんね、ヘキさん。
「野分留学前の最後のデート」というお題で私がお願いしたお話なのです・・・・。
胸がきゅんとなる切ないストーリーはヘキさんの作品の中でも珠玉だと思うので。
せっかくの素敵なお話を下手な絵でだいなしにしてごめんなさいー。