『待ち人帰る』






『待ち人帰る』



連勤につぐ連勤で、10日もの間1日も帰れなかった野分が、今日ようやく帰って来た。

ドアを開けた途端部屋の中に居た俺の姿を見つけ、靴を蹴っ飛ばす様に脱ぎ散らかして、俺に突進して来た野分を受け止めたつもりが、よろよろとよろけて結局リビングの床に2人してひっくり返った。

「ただいま!ただいまです!ヒロさん!」

飼い主を見つけて喜んで走り寄る犬でももうちょっと冷静じゃないかと思う程に興奮状態の野分を抱えたまま俺は吹き出しそうになるのを必死に堪えて「おかえり」と応える。

「10日も頑張ってたわりにはずいぶん元気だな。」

「ヒロさんの顔が見れましたから、疲れなんて吹っ飛びました!」

「嘘つけ。目の下すっげぇ隈になってる。風呂入ってる間にメシ用意してやるから、風呂いって来い。さっき俺が使ったばかりだからまだ湯もぬくいし。」

「えーっ・・・一緒に入りたかったなあぁぁ。」

「つべこべ言ってねぇで風呂行け、風呂。いつまでもそうしてたらメシも食えねぇぞ。」

ぐずぐず未練がましく抱きついて離れない野分を無理やり引きはがして、風呂場へと押し込む。手早く替えの下着とパジャマとバスタオルを用意して脱衣カゴに入れると大急ぎで冷蔵庫を開いた。こういう時のあいつはカラスの行水だから、急いで作れるものでないと間に合わない。

とりあえず卵と冷凍庫にあった豚挽肉と分葱を用意してきて分葱だけ小さく刻むと 熱したフライパンでまず卵だけ炒る。ふわっと固まった程度で1度皿に移してから今度は挽肉を炒める。日本酒と塩こしょうで臭みを飛ばしてから、そこにご飯を入れて炒めながら醤油とちょっとだけウスターソースをたらす。
ご飯がパラッとしてきたら皿にとっておいた卵を戻して分葱を散らす。
・・・とこれだけの焼きめしは俺が失敗しないで作れる最短調理時間のメニューだ。

出来た焼きめしを皿に盛っているところに野分が風呂場から出てきた。

よし!タイミングもばっちり!

「何だかいい匂いがします・・・。」

「ほら、さっさと食って、さっさと寝ろ!」

ぼーっとした顔してにまにま笑ってるヤツの前に山盛りの焼きめしをドンと置くと、その手にスプーンを握らせる。

「いただきます。」

「はい、どうぞ。」

律儀に手を合わせる野分の向かいに腰掛けて、さっき煎れたばかりで熱い日本茶をマグカップにたっぷり入れて、野分の為に吹き冷ましてやる。

「美味しいです!」

「・・・ただの残り物の焼きめしだろ。簡単で悪ィな。」

「いえ、本当に美味しいです。ありがとうございます!」

すごい勢いでガツガツ食っている様子に少しほっとする。本当に疲れてへとへとの時には食欲すらないようだから、これならちゃんと寝ればそのうち疲れも取れるだろう。

ものの10分もしないうちに焼きめしを平らげた野分は、俺から手渡されたマグカップを受け取り嬉しそうな顔ですすると「ごちそうさまでした。」と言って笑う。

「じゃあもう部屋行って寝ろ。」

「・・・・嫌です。もう少しヒロさんとお話したり、顔見たりしたいです。」

「じゃあ、こっち来い。ちょっとだけだぞ?」

ソファに座って手招くと、またしても全身から喜びのオーラを撒き散らしながら、駆け寄ってきてソファの俺の隣に座り込んだ。

「・・・・で、何?何話したいんだよ。」

「別に何もないです。」

「なんだ、それ。」

「ヒロさんは俺が帰って来れなかったこの10日間、何をしていましたか?」

「俺はー・・・そうだな。次の試験の為の問題を作っていたのと、あと前から気になってた映画のDVDやっと借りて見た。」

「映画、面白かったですか?」

「んー・・・まあまあかな。過剰に期待し過ぎてなかったらもっと良かったかも。」

2日前に見たばかりのストーリーを頭の中で反芻して、もしかしたら野分も結構好きな話かもしれない、と思い「今度また一緒に・・・・」と言いかけて振り向くと、野分はソファに座ったままの姿勢でぐらぐらと船を漕いでいた。

それみろ、やっぱり眠くて限界だったんじゃねーか。

放っとくとソファから転がり落ちそうな野分の肩をそっと引き寄せると、その頭を自分の肩にもたれかけさせる。
前髪の隙間から覗くその寝顔はあまりにも幼い。

いつもは俺がこいつに甘えてばかりだから、たまにはこういう日があったっていいだろう。
俺の肩に体重を預けて、あっという間に寝息を立て始めた野分の髪を撫でながら、やっと帰って来てくれた事を嬉しく思う。

野分と触れている肩が熱いし重い。だけどそんな事すら嬉しくて、俺は目の前にある野分の寝顔をこれでもかという程、堪能したのだった。


 ◇ おわり ◇





7月拍手お礼用SS


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