『魅惑』  おまけ






その翌日、夜勤明けでそのまま勤務を続けている津森を見かけた。


「先輩おはようこざいます。」


何故だか津森の顔色がいつもより悪い気がする。夜勤明けで疲れが出ているのかもしれない。


「ずいぶん昨夜は大変だったんですね。急患でも続いたんですか?」


「ん…あぁ、いや…これはただの寝不足。」


この仕事をやっていると、仮眠中であってもお構い無しに叩き起こされたり、仮眠すらとれずに連勤なんて事もあるので、言うなれば医療従事者は年中睡眠不足だ。

とはいえ、もともとバイトで鍛えてきて体力に自信がある野分に負けないくらいタフな津森がこれほどまでに弱っているのも珍しい…。


「先輩がそんなに疲れた様子なのも珍しいですね。これから俺入りますし、少し休んで来ませんか?」


「や…!いいや、止めとく。下手に今寝たら…ちょっとヤバ過ぎ…。」


「何がです?」


「野分には関係ないから!っつーかお前の顔見てるとますますいたたまれないと言うか…申し訳がたたないと言うか…まぁとにかく、お前には本っ当〜に関係ないし!な?それじゃ!」


訳が分からなくてポカンとしている野分を一人廊下に残して、津森は走って医局へと戻って行った…。野分のこれから行く先もそこだというのに。


まぁ先輩が挙動不審なのは前からか。


もしかしたら一昨日の晩の事でからかわれるかも…と心配していた野分はふと胸を撫でおろした。



◇◇◇◇◇◇


ここはどこだろう?


津森がふと目を覚ました場所は見覚えの無いベッドの上で、室内の灯かりは消されており、頼るべくはカーテンの隙間から僅かに洩れる月明かりだけ。


青白く頼りない光が差す先に目を凝らすと、そこには月明かりで白く浮かび上がった滑らかな裸体と、白いうなじにかかるトパーズを溶かしたような美しい髪の毛。


「…上條…さん?」


思わず声をかけると、目の前の人は、長い睫毛をゆっくりと伏せて、俺に笑いかけてくれた。


ああ、この人、こんな風に笑うんだ。


いつも会う度に、しかめっ面をしているか、俺など視界に入れるのも嫌だといった様子で目を合わせすらしてくれない彼の笑った顔を初めて見た気がする。


ぼんやりと見惚れる俺の頬に伸ばされる細い指先。頬に触れるか触れないかのあたりで、その人をきつく抱き寄せる。

女の子と違い、柔らかさは無いが、きめ細かい肌は手触りも良く、華奢な肩はすっぽりと津森の腕の中に収まってしまう。


その肌に触れた途端、激しい欲望に全身が震えあがった。これまでに一度も感じた事のない、身を焼きつくすような想い。

喰らいつくように口づけると、閉じた唇を舌先で無理やりにこじ開け、あたたかな口腔内を味わう。

塞いだ口唇から漏れるくぐもった呻きに、煽られて、性急に彼の全身をまさぐった。


「上條さん…!」


夢中で繰り返しその名を呼ぶ自分を見つめ返す彼の瞳は、髪の毛と同じく淡い色をしていて、濃い睫毛に縁取られている。

俺の全てを見透かすようなその眼差しに、どうしようもないくらい身体が熱くなるのを感じた。


戸惑う事もなく、彼の体の中心にあるものを手の中に握りこむと、僅かに彼の表情が切なく歪む。

夢中で上下に擦りあげると、薄く開いた唇からはぁはぁと荒い息が漏れ始めた。

手の中でゆっくりと硬くなっていくそれを握る手がヌルヌルと滑り始め、彼が自分の愛撫に感じているのだと知る。


「…上條さん…アンタ、すげぇ…やらしい。」


我慢出来なくなって、彼を乱暴にシーツに押し倒し、四つん這いにさせると、細い腰を両手で引き寄せ、その奥へと自らの猛ったものを押し付けた…。



「…せんせい、……津森先生!」


「………はわ?」


突然肩を掴んで揺すられて、心臓が跳ねあがる。


「もう、津森先生、さっきから院内用PHS散々鳴らしてるのに出られないから倒れてるんじゃないかって婦長が心配してましたよ。」


「…はあ。」


「まだ寝惚けておいでなんですか?お疲れでしょうけど、草間先生だけでは大変なくらい待合室いっぱいになっちゃってるんで、第2診察室開けてもいいですか?」


「ん…ぅわ…分かった。すみません、顔洗ったらすぐ行きます。」


仮眠室のドアをバタンと閉めて出て行った看護士の背中をぼんやりと見つめながら、ギンギンにたぎったこれをいったいどうしたものか…と肩を落とす。


一昨日、野分の家に泊まった時にたまたま聞いてしまってから、目を瞑れば頭の中で勝手に作り上げた上條の恥態がちらつき、眠ればめくるめく…妄想だか悪夢だかに襲われた挙句、中坊じゃあるまいしこのザマだ。


こうなるのが怖くて、おちおち仮眠も取れない。


それにしても、野分の可愛いひとの破壊力にはほとほと参ってしまった。

あの夜の衝撃がおさまるまでは、申し訳がなくて野分の顔をまっすぐ見る事すら出来ない。

チクショウ、俺様ともあろうものが何をそんなに動揺しちゃってんだ!!

最近野分と一緒にいる時間が長いから、毒されてきてんのかな。

アイツは仕事してる以外の時間、全部使って上條さんの事ばかり考えてるからなー。

イカン、イカン…このまんまじゃ野分の事笑えなくなっちまう。

こういう時は…前に合コンで会った女の子達にまた飲み会でも企画してもらって……。


「津森先生!急いで下さいって、私言いませんでしたっけ?まだ座ったままじゃないですか!」


眉つり上げて怒鳴り付ける看護士に無理やり仮眠室から追い出され、津森は慌てて白衣の前を合わせながら廊下に出る。



「あれ?先生、何だか歩き方、変じゃありません?」

「・・・・・ん?・・・・ああ、寝てる時に変な体勢になってて、寝違えでもしたかな。」

「・・・私、足を寝違える人、初めて聞きました。」

パタパタと廊下を走る音が響き、子供達が津森のもとに駆け寄って来た。

「津森せんせー。僕ね、絵描いたから後で見に来て〜。」

「おう!絶対に後で行くから、それまでちゃーんと残さずにお昼ご飯食べるんだぞ。」

「うん。わかった!いっぱい食べるからね!」

とにかく体をおさめるには、仕事、仕事、仕事が一番。
津森は自分に言い聞かせながら、小さな欠伸をひとつ、した。

 



 ◇終わり◇



作品解説
おまけ話の津森×ヒロは、あくまでもつもりんの、妄想の産物なので、わざとヒロさんらしくないヒロさんを書いています。
こんな人形の様に意のままになるヒロさんなんてまあ、有り得ないでしょう。
実際に本人を押し倒した日にゃ散々罵倒された上に、死に物狂いで 大乱闘 抵抗されて、腕の1本くらいはへし折られているかもしれません・・・。

野分と出会ってからのヒロさんは強いですよ。
何が何でも他の野郎に触らせたりなんてしません。


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