『ネクタイ』


「野分、お前もうちょっとしゃがめ。」

小児科学会に出席する為、普段着慣れないスーツに袖を通す事になった野分が、俺が見る限り15分もごちゃごちゃもそもそとネクタイを結び直している姿を見て業を煮やした俺は、野分のネクタイを引ったくると、代わりに結んでやる事にした。

野分と違って、俺は高校もブレザーでネクタイだったし、仕事でも毎日ネクタイなので、頭を使わなくても結ぶ事くらい出来る。

・・・と思って結び始めたものの、途中で分からなくなって手が止まった。

そうか、自分で結ぶのと人のを結ぶのでは向きが逆なんだな・・・。

「おい、反対だ。野分あっち向け。」

「しゃがめとかあっち向けとか注文が多いです・・・。」

「うるさい!自分でネクタイも結べねぇガキが文句言うな。ほら、のろのろしてたら遅れるぞ。」

野分をリビングの床に座らせて、背中側から両腕をまわしネクタイの長さを調節する。
痩せ形の俺はいつも小さな結び目になるように結んでいるけど、大柄な野分はクラッシックな大きい結び目の方がしっくりくるだろう。

自分が結ぶ時の感覚を必死に思い出しながら、真剣に結んでやっているのに、野分は何だかにやにやしてやがって、このままネクタイで首をしめてやろうかって気分になる。

「髪の毛や耳にヒロさんの息がかかって・・・くすぐったいです。」

「悪かったな、鼻息荒くて。こっちは一生懸命やってやってるんじゃねーか。」

「はい。ありがとうございます。」

「お前な、ニヤニヤしてねぇで自分で結べるようにちゃんと見てろよ。」

「いえ、いいです。次につける時にもヒロさんに結んでもらいますから。」

「甘えんな、ばーか。」

結び目と長さを確認した後、再度野分の前にまわって襟元まできゅっと締め上げる。
まあ・・・こんなものかな。

「出来た。」

「ありがとうございます。今日1日ヒロさんと一緒だと思って頑張れそうです。」

下らない事を言いながら、にっこりと笑う野分はいつもにも増して格好良くて、俺は思わず視線を床に落とした。
恋人が格好良すぎて直視出来ない・・・ってどういう事だよ。

照れ隠しにキッチンの方へ逃げようとしたところ野分に腕を掴まれる。
うかつにも奴の顔を見上げてしまったタイミングで唇を重ねられた。

ちょっと強めに舌先を吸いあげられ、音をたてて野分の唇が離れる。野分にしては少し物足りないくらい軽めのキス。

「あんまり本気出して、またネクタイ外したくなったら困りますから。続きは帰ってきてからにさせて下さいね。」

声をなくして目を剝いた俺の頭をぽんぽんと撫でると、野分は鞄を持って立ち上がった。

「それでは行って来ますね、ヒロさん。」

「・・・・・・おう。」

手を振って出て行く野分をドアの外で見送りながら、自分の今日の予定を頭に巡らせる。

今日も1日忙しくなりそうだ。

俺達それぞれの朝がまた始まろうとしている。



6月拍手お礼用SS

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