『鎖骨』 |
『鎖骨』
互いに果てた後、いまだ俺達は繋がり合ったままで、俺はゆっくりと野分の広い胸の上に上半身を沈めた。 俺を胸の上に抱いて瞼を閉じていた野分が薄く目を開けて俺の方を見ているのに気付く。 快楽に身をまかせたばかりの、少しぼんやりとしていて焦点が合っていない視線とその表情が、少し幼く見えて、堪らない気分にさせられた。 後始末をしようと伸ばされた野分の手を制して、そっと俺は体を持ち上げる。 ベッドから立ち上がろうとする俺の腕を野分が掴む。 今にも寝てしまいそうな顔してるくせにすごい力だ。 「ヒロさん・・・どこに・・・?」 「シャワー浴びてくるだけだ。お前眠いんなら寝てたらいい、後で俺が拭いてやるから。」 ちょっと悲しそうに眉を寄せた野分の表情が気になって、俺の腕を掴んだままの野分の手の上からもう片方の手を重ねる。 野分は5日連続で勤務した後、研修で別の大学病院に2日行かされて、今日の夕方帰って来たばかりだった。肉体的疲労に加え、慣れない環境で神経も使ったのだろう、ドアを開けた途端目に入ったヤツは本当に顔色が悪くて俺はお帰りの後の言葉が告げられずに立ちすくんだままだったのだ。 とにかくゆっくり休ませてやりたくて、急いで夕食の準備をして食べさせたら、食べながら眠りかけているので、もう風呂は明日にして寝室に行って寝た方がいいと伝えた。すると、野分は黙って俺の手を引っ張って自分の寝室へと連れてくると、無言のまま俺をベッドに押し倒した。 「疲れてるくせして無理するなよ」とつぶやいた俺の唇を塞ぐと、そのまま・・・むしろいつもより乱暴に激しく抱かれて、その表情の余裕の無さに野分の疲労が伺える。
俺の腕を離そうとしない野分の腕を宥めるみたいに撫でると、俺はシャワーを諦めて、もう一度野分の体に自分の体を沿わせて横になった。 こういう時、こいつは何も言ってくれないから、結局俺は想像するしかない。 いつもだったらうるさいくらいに「ヒロさん、ヒロさん」と言ってくるくせして、終始無言で、俺を抱いてる最中もどこか苦しそうで、酷く胸が痛んだ。 野分の胸元に頬をのせながら、まだ汗でしっとりと濡れている肌に指先で触れる。着やせするタイプの野分は、一見長身でスリムに見えるが、十代半ばから複数のアルバイトをして学費や生活費を賄ってきたせいか、服を脱ぐと想像以上に逞しい体をしている。 野分の大きな手が俺の後頭部を優しく包み、静かに髪の毛を撫で始めた。 俺は目の前にある野分の喉元にそっと唇をつけた。 「野分・・・・。」 大丈夫だ、大丈夫。どんな事があったって、俺達は大丈夫だ。 疲れたなら、何か抱えるものがあるのなら、いつでも俺にぶつけてきたらいい。 「野分、野分。」 愛しさであふれそうなこの心を、胸を開いて見せてやれればいいのに。 俺の髪を撫でるその手のひらが動かなくなって、寝息が聞こえるようになるまでずっと。
◇ おわり ◇
お題提供 鎖骨→舐める でした。 |
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