『爪』 |
『爪』
俺と同期で、系列の別の病院で研修医をやっていた仲間の一人が、九州の大きな病院に移る事になったという事で、同期ばかり7人で飲む事になった。 同窓で飲みがあるんです、と昨日ヒロさんにメールを入れたら『楽しんでこい』とこれまた簡潔な返信があった。本当はもっと寂しがってくれるような・・・早く帰って来いよ、とか、浮気すんなよ、とか言ってくれても嬉しいんだけど・・・まぁ無理な事は俺自身よく分かっているので過剰な期待は禁物だ。 ヒロさんを置いて、仕事ならともかくプライベートで出かける後ろめたさに、今日の夕飯は病院を出て待ち合わせ場所に行くまでの短時間で家に帰り、急いで作ってから出てきた。 駅の改札を通る前に返事を出しておこうと、人の通行の邪魔にならないように壁際に避けてメールの返事を打つ。
久しぶりに会う・・・と言ってもそんなに何年も経ってはいないのだけれど、日頃の慌ただしさのせいで、学生だった頃の記憶が遠くに追いやられている分、やたらと懐かしく見える顔ぶれが揃っていた。 「やっと来たか。全く独身のくせして付き合いの悪いお前を呼び出すのは苦労したよ。何、そんなに勤務ハードなのか?お前んとこ。」 「忙しいのはどこもそうでしょう。・・・うちばかりじゃないとは分かってるんだけど、やっぱり何日も家に帰れないのは辛くって。そうなると帰れる日にはどうしても他の用事で出かけるよりは好きな人と過ごしたいって思うし・・・。」 「何、お前まさか学生時代につきあってたT大の院生とかって人とまだ付き合ってんの?」 「今、一緒に暮らしてますよ。」 「へー・・・そっかぁ。草間一途そうだもんな。結婚とかもやっぱし考えてんだろ、付き合いも長いんだし。」 「・・・したい気持ちはあるんですけど。色々事情もあって・・・。」 その時、ポケットから出して座卓の上に置きっぱなしになっていた携帯のバイブが鳴った。 『今、風呂入ろうと思って鏡見て気がついた。お前、またあちこち痕つけやがってたな。』 そうか・・・ヒロさん今からお風呂なんだ・・・いいな。 『そういうヒロさんも、一昨日つけてくれた肩のところの爪の痕、まだ消えてないです。俺、着替える度にそれ見て嬉しくて。何だかヒロさんの所有の印みたいじゃないですか。だから今度抱いた時にもまた何か痕つけてくれると嬉しいです』 そこまで打って送信した後、携帯を閉じてまた机の上に戻した。 「何、彼女から?」 「はい。これからお風呂だそうです。」 「・・・・・そんな事いちいちメールしてくる訳?しかも、お前そのメール読みながらにやにやしてて・・・。すっげぇラブラブなんだな・・・。」 そりゃあもう・・・と言いかけたところで携帯が震える。 『おことわりする』 と冷たい返信が一言返って来ていた。
◇ おわり ◇
お題提供 爪→抱く でした。 |
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