『月夜』


「大丈夫ですか?・・・ごめんなさい、声すっかり枯れちゃいましたね。」

「・・・・・みず・・・欲しい。」

酒を飲んだ上に散々喘いだヒロさんは、俺がやっと落ち着いて体を解放した頃にはすっかり喉を潰してしまっていて、可哀想なくらいカサカサの声をして答えた。
台所に行って、冷えたミネラルウォーターの瓶を1本取って来て手渡すと、情事の痕も生々しい姿のヒロさんが、よろよろと起き上がって瓶を受け取る。

「お風呂用意してあげたいんですけど、完全にお酒ぬけるまで湯船にはつからない方がいいと思います。シャワー浴びますか?」

「・・・風呂、入りてぇ。」

「でも・・・途中で具合が悪くなったりしたら・・・。」

「・・・じゃ、お前手伝え。医者が一緒なら平気だろ・・・。」

「・・・ヒロさん!」

びっくりして顔を覗き込むと、すでに真っ赤になっていたヒロさんは枕に顔を埋めてしまった。いつもだったら、どんなに俺から「一緒にお風呂に・・・。」と誘っても、余程でないとうんとは言わない人なだけに、正直驚いた。いったい今日は何のサービスデーなんだろう。

「じゃあ、俺風呂の準備してきます。ヒロさんは・・・ほら、体冷やさないで・・・毛布かぶって待ってて下さいね。」

素肌を晒したままのヒロさんの体をすっぽり毛布でくるんでから、俺は寝室を出た。
キッチンにある操作パネルで風呂の湯張りをセットして、二人分の下着と寝巻き、バスタオルなどを用意してから再び明かりを落とした寝室に戻る。

ヒロさんは俺に言われた通り、素直に毛布にころんとくるまったままこちらに丸い背中を向けていて、その姿の可愛らしさに思わず頬がゆるむ。

今夜のヒロさん・・・可愛いかったな・・・。
感じている事を隠そうとせずに、素直に俺を求めてくれて、おかげで完全に理性が吹き飛んでしまった・・・。一度感極まって泣き出してしまってからはヒロさんの理性も飛んで、結局ヒロさんがイッた後も何も出なくなってしまうまで・・・くりかえし・・・。

あまり回数を重ねて射精させてしまうと、ヒロさんはそこに触れられるのを嫌う。敏感になり過ぎたあまり痛くなってしまうからなんだそうだ。
だんだん吐き出す精の色も薄くなって、しまいには何も出ないまま体だけが絶頂の反応をしめすようになる。そうなってしまうと、イクまでの間隔も狭まってきて、俺が1度尽きるまでにヒロさんは何度も何度も極まって・・・終わった後に酷く消耗させてしまうのはそのせいだ。

ヒロさんはそういう時、俺との年齢差のせいだとばかり決めつけるけど、俺は違うと思っている。同じ男同士だけど、俺とヒロさんとではセックスの感じ方が違う。男根の感覚だけがすべての俺とは違い、ヒロさんはそれ以外にもあちこちイイ箇所が全身にわたってあるし、そして何より前への刺激よりも格段後ろへの刺激に弱いから・・・。

そんな時、俺は自分が男で良かったと思う。
ヒロさんを気持ちよくしてあげられる体で産まれて良かったなって。

調子のいい俺は、ヒロさんが男に抱かれないとイケない体なのも、俺が男に産まれたからなのかな・・・なんて都合よく考えたりもして、下らな過ぎてとてもヒロさんに言える事じゃないんだけど。

俺は初めてヒロさんと体を重ねた時から、何故だかどうやったら大好きな彼を抱けるか頭のどこかで理解していた気がする。男同士で、同じ体を持ちあっているのに、伺いをたてる事もなく、俺は迷わずヒロさんの中に自身を埋め込んだのだから・・・。

「お風呂、用意出来ました。・・・歩けますか? 無理なら俺、抱いて・・・。」

「いいっ・・・!自分で歩ける。」

毛布をひきずったまま、ヒロさんはよろよろとベッドから降り立ち、何ともおぼつかない足取りでバスルームに向った。

「危ないですって。毛布、そんな引っ張ってったら踏んで転びますよ。」

「うるせぇ!ほっとけ。」

俺から逃げるように脱衣所に飛び込んだ彼の後を追いかけて、俺も狭い脱衣所に入ると、肩に巻いた毛布をそっと剥ぎ取る。ヒロさんの色白な体のあちこちには花びらを散らしたような紅い跡が点々と残っていて、下腹や脚のまわりにこびり付いて乾いた残沫の白い跡に、再び体の熱の高まりを感じるが・・・我慢、我慢。もうヒロさんは限界のはずだから、きれいに体を清めて、お風呂でしっかり温めたら着替えさせてゆっくり休ませなくては・・・!

そんな俺の葛藤を分かっているのかいないのか、はたまた分かっていて知らん顔してるのか、毛布を脱いだヒロさんはそのまま浴室へと歩いて行ってしまって、俺は慌てて自分も下着を脱いでその後を追った。

「ヒロさん、ちょっと辛いでしょうけど、先に中のもの出して洗いましょう。」

少し躊躇する彼を浴槽の縁に浅く座らせ、俺はシャワーの温度調節をした後、その足の間に座った。

「少し我慢していて下さいね・・・。」

後孔を傷つけないように、そおっと指先を差し込み、シャワーのお湯をあてながら、内側を優しく抉るようにして残ったものを掻き出す。
普段はきちんとゴムを使っているし、滅多に中出しなんてやらないんだけど(怒られるから)今日はヒロさんがごねて途中から付けさせてもらえなかった。
そのちょっとの間も体を離すのが嫌だと泣いて、結局・・・こんな事に。

浴槽に腰かけたまま両膝を俺の肩にかけて、脚を大きく開かされ、その奥を指で探られている・・・普通なら恥ずかしがって、暴れて大変な事になりそうな状況でありながら、ヒロさんはとても大人しくしてくれていた。
時たま小さく息を吐くくらいで、俺が作業しやすいように下半身の力を出来るだけ抜いて、その上で湯船に落っこちないよう、両手でゆるく俺の頭を抱いてじっとしている。

「痛いですか・・・?ごめんなさい、もうちょっと我慢してて・・・。」

「・・・あぁ、平気。・・・・もう全然触られてる感覚すらねぇし。」

「・・・すみません。」

「いや、別に・・・その・・・俺だって・・・したかったんだし・・・。」

頭を抱えられているせいで、ヒロさんがどんな表情をしているのか分からなかったけれど、嬉しさに今すぐ立ち上がって力いっぱい抱き締めたくなってしまう。

中まできれいにシャワーで流し終わった後、赤くなって俯く彼に軽くキスをしてボディソープを手のひらで泡立てた。

「何だよ・・・体くらい自分で・・・。」

「今日はヒロさんは何もしなくていいんです。黙って俺に洗われて下さいね。」

「・・・どうしてスポンジもボディタオルも使わねーんだ。」

「もちろんヒロさんに触りたいからです。」

少々呆れ顔のヒロさんは、ケッと小さく言った後、目の前に座ってる俺に抱きつく形で両腕を伸ばしてきてくれた。
多分「好きにしろ」という答えなんだろう、と思った俺はそのまま手のひらで彼の体に泡を塗り拡げていく。
水泳や剣道をやっていたわりに華奢な肩、すべすべしていてとてもきれいな背中、まったく贅肉のついていない平らなお腹、小ぶりで可愛いおしり・・・そしてヒロさんの大事なところ。ここは特に念入りに・・・。勃起していない状態のそれはやわらかくて、俺の手の中にすっぽりと収まってしまう。かわいい・・・触りたい、舐めたい・・・と思うけど、ダメだ我慢。ソープの泡が染みてしまうかもしれないから、奥のココはあまり触らないで、今度は太腿に泡を伸ばしていく。
そういえば、俺に比べてもヒロさんはすごく体毛が薄い。生えてない訳じゃないけど、金色に近いくらい淡い色の産毛が触らないと分からない程にうすーく生えていて、だから脚なんかもすごくきれいだ・・・。

「野分・・・たかが体洗うのに、時間かけすぎ。寒いし早く風呂入りたい。」

「ああっ・・・ですね。すみません、つい・・・。」

慌ててヒロさんの体についた泡をシャワーで流すと、その体を抱き抱えるようにして二人一緒に湯船につかった。
ここに引っ越してきて、俺が一番気に入っているのがこの浴槽だ。
体の大きい俺でも脚を伸ばして入れる、浅くて長細い形状をしていて、こうしてヒロさんを膝に座らせていてもゆったり二人とも脚を伸ばして入る事が出来る。

俺の胸に背中をあずけたヒロさんは気持ち良さそうに目を閉じていて、全身の力を抜いてやわらかなお湯に浮かんでいるみたいだ。
俺はそんなヒロさんを背中から抱いて、しっとりと濡れた髪の毛を指で鋤く。

「気分はどうです?気持ち悪くなってきたら、すぐに言って下さい。」

「大丈夫。・・・きもちいい。」

「俺もです。」

白く曇った湯気の中でただ黙って身を寄せ合う俺達は、心地よいお湯の中でまるでひとつに溶けあっていっているような錯覚を覚える。触れ合った肌と肌が重なり合い、お互いの気持ちが混ざり合って・・・まるで夢の中を漂っているみたいだ。

 

「何か・・・いいな。こんな風に、一緒ってのも。」

「はい。」

二人一緒にお風呂に入る事は幾度となくあるけれど、大抵の場合はこれからいたそうと思っている時だったり、情事の余韻を引きずったままだったりして、我慢しきれなくなった俺がバスルームでヒロさんを求めてしまったり・・・という事が多い。
こんなに可愛い素敵なひとと裸で一緒に居て、そんな気分にならない方がおかしいと思うんだけど、必要以上に声が響く浴室内で体を触られたり、挙句挿れられたりするのを嫌がるヒロさんの気持ちも分からなくはないのだけど・・・・。


結局、湯船の中で眠ってしまったヒロさんの体をバスタオルでくるんで抱き上げ、起こしてしまわないようにゆっくりと寝室に運んだ。
俺のベッドはさっきまで使っていたせいで、ぐしゃぐしゃのままだったから、ヒロさんのベッドにそっと横たえ、全身の水滴を拭き終えてから、さて髪の毛はどうしようか…と悩む。
濡れたままでは風邪をひきかねないし、かといってこの状態でドライヤーをかけては起こしてしまうし…。俺は手に持ったタオルでヒロさんの柔らかい髪の毛を拭きながら、散々悩んだ挙句、タオルで出来る限り水分を拭きとり、エアコンの設定温度を若干高くして寝てもらう事に決めた。
固くて癖の強い俺の髪の毛と違って、ヒロさんは癖の無いサラサラの髪の毛だから、そのまま寝ても体を冷やさなければ、寝癖の心配はなさそうだ。

髪の毛を拭いた後は着替え。
本当は素肌のままくっついて眠りたいけど、またそんな気分になっちゃ困るので、泣く泣くヒロさんに服を着てもらう事にする。
パンツを履かせて、洗い立てのパジャマを着させていく。
ヒロさんの服を脱がせるのも大好きだけど、こうやって着させてあげるのも結構好きだ。
激しく抱いて、うっかり気を失うまで追い詰めてしまった時、泥酔して帰って来て、そのまま寝ちゃった時など、俺が着替えさせる機会が結構ある。
そんな事を黙って許してくれるというのは、ヒロさんが俺に対して心を許してくれているという証しなのだろうと思う。


子供のように無防備な顔で眠るヒロさんの髪をゆっくりと撫でていると、薄っすらと開いていた唇が、むにむにと動いているのに気付く。
柔らかそうな唇の誘惑に思わず指をその隙間から差し入れたり、可愛らしい赤い舌に思いっきりむしゃぶりつきたい衝動にかられるけど・・・穏やかな寝息を聞き、可愛い白い瞼を見つめていると、とてもじゃないけれど邪魔したいとは思えなかった。

 

これまで・・・ヒロさんが宇佐見さんの所に行って、飲んで帰ってくる度、正直いい気分はしてなかった。
過去、ヒロさんが宇佐見さんに対して幼馴染み以上の感情を持っていたのは分かっているし、飲み過ぎると記憶をすっかり無くしてしまう程にベロベロになる彼を、宇佐見さんとはいえ他の男の前に晒すのは嫌で。

『君とつきあうようになってから、弘樹は酔っぱらうと延々君の話ばかりしている。』

宇佐見さんに言われた言葉が頭に蘇ってきて、無意識に頬が緩む。
ああ、どんな顔をして、このひとは俺の話をするんだろう・・・・。普段のイメージからは想像できない、恋人を惚気る姿を想像して、何ともくすぐったい気持ちになった。

同じ布団の中に自分も入り、よく眠っているヒロさんを腕の中に抱きよせて俺もようやく目を閉じる。
伸ばした手足がじんわりと痺れて、嫌でも身体の疲れを思い出さされるけど、腕の中、寝ぼけて胸にすり寄ってくる大切なひとが、そんな疲れすら全て吹っ飛ばしてくれそうだ。

「・・・ヒロさん、おやすみなさい・・・。」

生乾きの髪の毛に鼻先を埋めると、シャンプーのいい薫りに包まれる。

気持ちいいなぁ。

幸せだなぁ。

明日もきっと忙しいんだろうけど、そんな明日も楽しみでたまらない。明日も明後日もずっとずっと先まで、俺はこのひとと生きていくんだから。

おやすみなさい。

窓のカーテンの隙間から差し込む月明かりに見守られながら、俺達は深い夢の淵へとその身を沈めていったのだ。

 



 

  ◇ 終わり ◇




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