『月夜』 |
「大丈夫ですか?・・・ごめんなさい、声すっかり枯れちゃいましたね。」 「・・・・・みず・・・欲しい。」 酒を飲んだ上に散々喘いだヒロさんは、俺がやっと落ち着いて体を解放した頃にはすっかり喉を潰してしまっていて、可哀想なくらいカサカサの声をして答えた。 「お風呂用意してあげたいんですけど、完全にお酒ぬけるまで湯船にはつからない方がいいと思います。シャワー浴びますか?」 「・・・風呂、入りてぇ。」 「でも・・・途中で具合が悪くなったりしたら・・・。」 「・・・じゃ、お前手伝え。医者が一緒なら平気だろ・・・。」 「・・・ヒロさん!」 びっくりして顔を覗き込むと、すでに真っ赤になっていたヒロさんは枕に顔を埋めてしまった。いつもだったら、どんなに俺から「一緒にお風呂に・・・。」と誘っても、余程でないとうんとは言わない人なだけに、正直驚いた。いったい今日は何のサービスデーなんだろう。 「じゃあ、俺風呂の準備してきます。ヒロさんは・・・ほら、体冷やさないで・・・毛布かぶって待ってて下さいね。」 素肌を晒したままのヒロさんの体をすっぽり毛布でくるんでから、俺は寝室を出た。 ヒロさんは俺に言われた通り、素直に毛布にころんとくるまったままこちらに丸い背中を向けていて、その姿の可愛らしさに思わず頬がゆるむ。 今夜のヒロさん・・・可愛いかったな・・・。 あまり回数を重ねて射精させてしまうと、ヒロさんはそこに触れられるのを嫌う。敏感になり過ぎたあまり痛くなってしまうからなんだそうだ。 ヒロさんはそういう時、俺との年齢差のせいだとばかり決めつけるけど、俺は違うと思っている。同じ男同士だけど、俺とヒロさんとではセックスの感じ方が違う。男根の感覚だけがすべての俺とは違い、ヒロさんはそれ以外にもあちこちイイ箇所が全身にわたってあるし、そして何より前への刺激よりも格段後ろへの刺激に弱いから・・・。 そんな時、俺は自分が男で良かったと思う。 調子のいい俺は、ヒロさんが男に抱かれないとイケない体なのも、俺が男に産まれたからなのかな・・・なんて都合よく考えたりもして、下らな過ぎてとてもヒロさんに言える事じゃないんだけど。 俺は初めてヒロさんと体を重ねた時から、何故だかどうやったら大好きな彼を抱けるか頭のどこかで理解していた気がする。男同士で、同じ体を持ちあっているのに、伺いをたてる事もなく、俺は迷わずヒロさんの中に自身を埋め込んだのだから・・・。 「お風呂、用意出来ました。・・・歩けますか? 無理なら俺、抱いて・・・。」 「いいっ・・・!自分で歩ける。」 毛布をひきずったまま、ヒロさんはよろよろとベッドから降り立ち、何ともおぼつかない足取りでバスルームに向った。 「危ないですって。毛布、そんな引っ張ってったら踏んで転びますよ。」 「うるせぇ!ほっとけ。」 俺から逃げるように脱衣所に飛び込んだ彼の後を追いかけて、俺も狭い脱衣所に入ると、肩に巻いた毛布をそっと剥ぎ取る。ヒロさんの色白な体のあちこちには花びらを散らしたような紅い跡が点々と残っていて、下腹や脚のまわりにこびり付いて乾いた残沫の白い跡に、再び体の熱の高まりを感じるが・・・我慢、我慢。もうヒロさんは限界のはずだから、きれいに体を清めて、お風呂でしっかり温めたら着替えさせてゆっくり休ませなくては・・・! そんな俺の葛藤を分かっているのかいないのか、はたまた分かっていて知らん顔してるのか、毛布を脱いだヒロさんはそのまま浴室へと歩いて行ってしまって、俺は慌てて自分も下着を脱いでその後を追った。 「ヒロさん、ちょっと辛いでしょうけど、先に中のもの出して洗いましょう。」 少し躊躇する彼を浴槽の縁に浅く座らせ、俺はシャワーの温度調節をした後、その足の間に座った。 「少し我慢していて下さいね・・・。」 後孔を傷つけないように、そおっと指先を差し込み、シャワーのお湯をあてながら、内側を優しく抉るようにして残ったものを掻き出す。 浴槽に腰かけたまま両膝を俺の肩にかけて、脚を大きく開かされ、その奥を指で探られている・・・普通なら恥ずかしがって、暴れて大変な事になりそうな状況でありながら、ヒロさんはとても大人しくしてくれていた。 「痛いですか・・・?ごめんなさい、もうちょっと我慢してて・・・。」 「・・・あぁ、平気。・・・・もう全然触られてる感覚すらねぇし。」 「・・・すみません。」 「いや、別に・・・その・・・俺だって・・・したかったんだし・・・。」 頭を抱えられているせいで、ヒロさんがどんな表情をしているのか分からなかったけれど、嬉しさに今すぐ立ち上がって力いっぱい抱き締めたくなってしまう。 中まできれいにシャワーで流し終わった後、赤くなって俯く彼に軽くキスをしてボディソープを手のひらで泡立てた。 「何だよ・・・体くらい自分で・・・。」 「今日はヒロさんは何もしなくていいんです。黙って俺に洗われて下さいね。」 「・・・どうしてスポンジもボディタオルも使わねーんだ。」 「もちろんヒロさんに触りたいからです。」 少々呆れ顔のヒロさんは、ケッと小さく言った後、目の前に座ってる俺に抱きつく形で両腕を伸ばしてきてくれた。 「野分・・・たかが体洗うのに、時間かけすぎ。寒いし早く風呂入りたい。」 「ああっ・・・ですね。すみません、つい・・・。」 慌ててヒロさんの体についた泡をシャワーで流すと、その体を抱き抱えるようにして二人一緒に湯船につかった。 俺の胸に背中をあずけたヒロさんは気持ち良さそうに目を閉じていて、全身の力を抜いてやわらかなお湯に浮かんでいるみたいだ。 「気分はどうです?気持ち悪くなってきたら、すぐに言って下さい。」 「大丈夫。・・・きもちいい。」 「俺もです。」 白く曇った湯気の中でただ黙って身を寄せ合う俺達は、心地よいお湯の中でまるでひとつに溶けあっていっているような錯覚を覚える。触れ合った肌と肌が重なり合い、お互いの気持ちが混ざり合って・・・まるで夢の中を漂っているみたいだ。
「何か・・・いいな。こんな風に、一緒ってのも。」 「はい。」 二人一緒にお風呂に入る事は幾度となくあるけれど、大抵の場合はこれからいたそうと思っている時だったり、情事の余韻を引きずったままだったりして、我慢しきれなくなった俺がバスルームでヒロさんを求めてしまったり・・・という事が多い。 結局、湯船の中で眠ってしまったヒロさんの体をバスタオルでくるんで抱き上げ、起こしてしまわないようにゆっくりと寝室に運んだ。 髪の毛を拭いた後は着替え。
これまで・・・ヒロさんが宇佐見さんの所に行って、飲んで帰ってくる度、正直いい気分はしてなかった。 『君とつきあうようになってから、弘樹は酔っぱらうと延々君の話ばかりしている。』 宇佐見さんに言われた言葉が頭に蘇ってきて、無意識に頬が緩む。 同じ布団の中に自分も入り、よく眠っているヒロさんを腕の中に抱きよせて俺もようやく目を閉じる。 「・・・ヒロさん、おやすみなさい・・・。」 生乾きの髪の毛に鼻先を埋めると、シャンプーのいい薫りに包まれる。 気持ちいいなぁ。 幸せだなぁ。 明日もきっと忙しいんだろうけど、そんな明日も楽しみでたまらない。明日も明後日もずっとずっと先まで、俺はこのひとと生きていくんだから。 おやすみなさい。 窓のカーテンの隙間から差し込む月明かりに見守られながら、俺達は深い夢の淵へとその身を沈めていったのだ。
◇ 終わり ◇
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