『やさしいきもち』





「やさしいきもち」



いつだって俺達はすれ違ってばかりで、一緒に暮らしているというのに2人でゆっくり過ごせる時間ときたら1ヶ月の間に2回か3回もあればいいほうだ。
俺が早ければヒロさんが遅くなり、ヒロさんの休みに限って俺は帰れない。
だから、一昨日、昨日と続けて2人共帰りが早かったおかげで俺は喜び勇んで(もちろんヒロさんもそうだったと思いたい)2夜連続で恋人同士の夜を過ごした。


そして今夜、宝くじに当たったくらい奇跡的に、3日連続で揃って定時だった時には思わず神さまに感謝した。
俺達は夜一緒に食卓を囲み、風呂も済ませ(一緒にお風呂を…という願いは却下されたので順番に)後は寝るだけ、という体勢である。


パジャマ姿でリラックスした様子のヒロさんは、ソファに座った俺の足元で買って来たばかりの文庫本をめくっていて、俺は…というと、テレビを見ている振りしながら、ずっとヒロさんを寝室に誘う口実を考えている。


これが何週間ぶりの逢瀬であれば、ストレートに誘ったり、黙って抱き寄せてキスを思いっきりしたりすればヒロさんも応じてくれるんだけど、3日連続ともなればさすがに切りだしにくい。
昨日も一昨日もそんなに無理はさせてないつもりなんだけど、あんまり続くとヒロさんの体に負担だったりもするだろうか…。


読書に夢中のヒロさんが俺の膝に頭をもたれかけてくる。洗いざらしのさらさらの髪の毛が俺の手の甲をするりと撫でた。

「ヒロさん。」
「ん?」

俺の呼びかけに顔をあげたヒロさんに屈み込んでキスをする。

「ん……。」

怒られるかな、と思いながらのキスだったにもかかわらず、ヒロさんは何も言わずに応えてくれた。
読みかけの本が手から滑り落ち、両の腕が俺の首にまわされる。


どうしたんだろう。ヒロさんが今日はずいぶん素直で、いつも可愛いけどいつもにも増して可愛い。もしかしてあれかな。いつも恥ずかしがっていやいや言ったり怒ったりするのは、スキンシップが毎回久しぶり過ぎて不慣れなせいで恥ずかしいのかもしれない。
3日も連続でイチャイチャしてたら、さすがのヒロさんでも慣れてくれたのかなぁ…。


すっかり調子にのった俺は、膝立ちで口づけを受けるヒロさんをぎゅっと抱き締めて、その柔らかい舌先を強く吸いあげ、甘い唾液を啜った。

「…ん…のわ…き。」

キスの合間をぬってようやく息を吐き出したヒロさんが、うつむいたままで俺の名をつぶやく。

「…するのか?」

「そりゃあしたいです、けど、ヒロさんは嫌なんですか?」
「別に…。あ、でもここじゃなくて…その…。」
「ベッドに行きましょう。」

こんなところで気がかわられたりなんかしたら堪らない。
俺は有無を言わさずに、まだ言い澱んでいるヒロさんの体を抱き上げ、自分の部屋のベッドへとヒロさんを連れて行く。

「う…わ。歩いて行けるから…!バカ、無茶すんな、怖ぇえんだよ。」

洗いたてのシーツの上にゆっくりとその体を下ろすと、すぐに覆い被さった。
さっきまでのキスで、まだ濡れて光っているヒロさんの唇に再び口づけ、逸る気持ちを抑えながら彼のパジャマのボタンを外していく。


肌触りのいい上質のコットンのパジャマの前を開くと、それ以上に滑らかな白い胸が晒される。
ツンと勃った2つの紅い胸のしこりと、薄く贅肉のないお腹。
きれいで愛おしくて、じっと見つめる俺の不躾な視線にヒロさんが目を反らした。



「あ…やっ…もう、あっ……!」

閉じようとする下肢を押し開き、ヒロさんの体の一番深い場所を暴く。ふっくらと膨らんだ柔らかな襞に濡れた舌を挿し込み、指で拡げたその内側へと唾液を流し込む。

「ひゃ……んんっ…。」

舐めまわして、蕩けかけているそこへ、ローションで濡らした指をゆっくりと突き立てた。
体中どこを触っても感じやすくて、可愛いく跳ねて悶えて俺を夢中にさせてくれるヒロさんの一番気持ちいい場所。
我が儘な俺の思いの丈をいつも受け止めてくれる、小さな狭口に指を2本挿し入れて、ぐるりと掻き回した。

「あっ!あああっ…野分ィ……。」

堪らなくて自分で腰を浮かせるヒロさんの背中を手で掬い上げるようにして、俺は勃ちあがり張りつめた自分自身を、濡れて震える入口に擦りつける。

「やっ…はや…く。野分っ、野分…。」

理性を飛ばして、貪欲に快感を貪ろうとするこういう時のヒロさんは、普段では考えられない程に素直で…、本当に可愛い。いつもの照れ屋で、負けず嫌いで、意地っ張りなヒロさんももちろん可愛いんだけど、疲れていたり凹んでいたりで俺に余裕が無い時には、心とは裏腹な台詞なのだと分かっていつつもちょっぴり傷ついたりもするから、こんな風に声に出して求めてくれたりなんかすると、嬉しくて…つい歯止めが効かなくなっちゃうんだ。


瞳に涙をいっぱいためて見つめられると堪らなくなって、俺はヒロさんの望むまま、その体の奥深く自らの欲望を挿し入れた。

「ヒロさん、シャワー浴びます?湯船につかるなら追い炊きのスイッチ入れて来ますよ。」
「ん…いい。まだ動きたくないし。」

情事の後の余韻に、ぐったりとシーツに沈みこんだままのヒロさんを腕の中に抱え、俺は汗に濡れた彼の前髪をそっとかきあげる。
普段長めの前髪に隠れて見えないヒロさんの額…体中、どこもかしこも可愛いと承知しているけれど、まだ新鮮な喜びを気付かせてくれるなんて、本当にヒロさんは素敵な人だ。

「体、ツラいんですか?俺、無茶しちゃいました?」
「…いや、そんなんじゃねぇよ。」
「3日も連続ですしね。すみません、調子にのり過ぎました。」
「いいんだよ!…そんな事どうでも!」

少し声を荒げた後、瞬間申し訳なさそうに眉毛をさげたヒロさんが、小さな声で「ごめん」とつぶやいて俺の胸に顔を埋める。

「3日連続だろうが、10日連続だろうが、嫌なら嫌だってちゃんと言う。だからお前は謝んな。」

胸元にぎゅうぎゅう額を押し付けてくるせいで、俺からヒロさんの表情は伺えないけれど、赤くなっている耳たぶを見ればどんな顔しているか想像はつく。

「10日連続…ものすごく憧れるんですが、残念な事に明日は夜勤です…。」
「ただの言葉のあやだから。本気にすんな。」

多分、俺達がそれだけ長い期間一緒にいようと思ったら、仕事を辞める他ないだろう。
だけど、俺はヒロさんと未来もずっと一緒に歩めるように今の仕事を選んだのだし、文学を極めるのはヒロさんの長年の夢だ。

「でも本当に嬉しかったです。毎日ヒロさんと過ごせて。これでまたしばらく頑張れそうです。」
「……ああ。」

腕の中で珍しく大人しいままのヒロさんの髪の毛に頬を寄せると、ふわりとヒロさんのいい薫りがする。汗の匂いも、シャンプーの残り香も、俺を心の底から安心させてくれて、幸福にしてくれる大好きな薫りだ。

「シャワー…もう、明日にする。」
「ヒロさん、もう眠くなってきちゃってるんでしょう。」
「…ん……。」
「いいですよ。このまま寝て下さい。」

ヒロさんが寝入ってしまってから、俺が温かいオシボリを作って来て、清拭してパジャマを着させてあげればいい事なんだし。

「野分も…寝ろよ。」
「ハイ。ヒロさんと一緒に寝ますから、心配しなくて大丈夫ですよ。」

疲れたヒロさんにゆっくり寝てもらおうと昨日ヒロさんが寝入ってから、こっそりシャワーを浴びに行って、そのまま自分の部屋に戻って寝たの、気が付いてたんだな。

「朝までずっとこうしていますから。安心して寝て下さいね。」
「うん……。」

もう眠くて堪らないんだろうヒロさんの返事はもう途切れ途切れで、俺の首筋にかかる息がゆっくりしたペースに変わっていく。


腕にのせられたヒロさんの頭がしだいに重くなっていって、俺はその愛しい頭をギュッと抱き締めた。



離したくない。

ずっと、このまま朝が来なければいいのに。

大好きな人の寝息を腕の中に閉じ込めながら、俺はゆっくりと目蓋をおろした。







 ◇おわり◇


ストロボ』 ヘキ様へ6万ヒットのお祝いに捧げたものです。 2009月3月



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