『指』 |
『指』 野分の勤務は4日前から夜勤と日勤の繰り返しで、病院に泊まったまま帰って来れてなかったから、帰りが遅くなるとメールを打ちながら「どうせ野分は病院だろうから関係ないかもな・・・」と思いながら携帯電話をパタンと閉じる。 それでも、疲れて帰って来た野分が俺の不在にがっかりしないで済むように。 居酒屋を出る時点で女子学生は全員帰した後、残った男子学生達にカラオケに誘われたけれど、苦手だからいい、と断って少しの軍資金だけ握らせると俺はタクシーに乗った。 食べたんだか、食べてないんだか分からないまま、ムカムカだけ残った腹に手をやりながらタクシーのシートに沈み込む。 何だか・・・疲れたな。 こういう時にあいつに触れて、何もしなくても体くっつけて眠るだけでも疲れなんて吹っ飛ぶのにな・・・。どうせ今日も病院に泊まりなんだろう。 自宅近くの路地でタクシーを降りて、いつもの癖で自分達の部屋の窓を見上げる。 やっぱりな。 ポケットの中の鍵をさぐり、暗い玄関へと足を踏み入れる。 自分のベッドの布団をめくって中に潜り込もうとしたところで、目の前に何やら大きなものがある事に気がついた。 何だ、これ。 布団の中にあるでっかい影をぺたぺたと触っていて、ようやく頭が機能した。 何で野分が俺のベッドで寝てやがんだ。 ヤツはきっちりパジャマを着込んで、俺のベッドに眠っていた。 しばらくそのまま思考停止していた俺だったが、まあせっかくだし、ここで眠ればいいかと思った矢先に自分の姿に思い当たる。 「なっ・・・・!」 そのまま俺はくるりと野分の腕に絡め取られ、ベッドの中に引き込まれてしまった。 「何すんだよ。びっくりしたじゃねーか!起きてるんだったらそう言えば・・・。」 ・・・・寝てる。 文句を言おうとして野分の顔を見上げたら、子供みたいに無邪気な寝顔と穏やかな寝息が目の前にあった。 自分のパンツ姿が気になったけれど、もういいか、明日ちょっとだけ恥ずかしい思いをするだけだしな・・・と自分を慰めて、そのまま野分の胸に額をくっつける。 気持ちいい・・・・ 規則的に上下する胸に顔を埋めて、深く息を吸い込めば、野分の甘い体臭がする。 胸元で一人ごそごそやっていると、野分の手が俺の頬にそっと添えられた。大きな手のひらに顔半分を包まれ、ずっと穏やかだった心臓が高鳴り始める。 いや・・・でも、こいつ寝てるし。 胸の鼓動がうるさくて目が覚めたりしないよな? 頬をやんわりと撫でていた手が顎のあたりへと滑っていき、その弾みで、野分の親指が俺の唇を割って押し入って来た。ぼんやりしていたところに突然口に指を突っ込まれた形になって戸惑う。 すぐに引き抜かれるだろうと思っていた指は、そのまま俺の頬の内側に触れたまま、取り残されてしまった。 俺は野分の手首を掴むと、ゆっくりと口内にある野分の親指に舌を絡める。 唇を窄めてちゅうっと吸い上げると、目の前の野分の眉がほんの少し寄せられる。それでもまだ起きては来ない。 口から指を引き抜き、今度は猫の様にぺろぺろと舐めてみる。指の腹から付け根へ、そして手のひらへと舌を這わせて、手首に浮き上がる血管を唇でなぞった。 「う・・・うん・・・・。」 親指の付け根に再び歯を立てた時、野分が小さく呻いてさらに俺の方へと倒れかかってきて、びっくりした俺は動きを止める。 今度こそ、起きたのか? 調子に乗り過ぎたかな、とそのまま様子を見ていたが、野分は改めて俺の体を抱え直すとそのまま動かなくなってしまった。 さっきよりも体が密着してしまい、野分の手も俺を抱える為に背中にまわされてしまって届かない。 悪戯を咎められたようなドキドキした気分で、俺は野分の胸に再び顔を埋めると、今度こそ眠る為にその体を寄せた。
|
5/21 |