『ドライブ』


『ドライブ 1』




「そういえば、改めて聞いた事なかったと思うんだけどさ、野分、お前って車乗れるの?」

夕食の後、突然にヒロさんから真顔でそう尋ねられて、俺は食器を重ねる手をふと止めた。

「乗れますよ、花屋でも配達は俺の担当ですし。18歳ですぐに店長が店の経費で学校に通わせてくれました。・・・急にどうしたんです?」

「大学の・・・ゼミの学生が、実家で使わなくなった書棚をくれるって言うんだけどさ、あんまり細かくばらせなくて、かといって運送会社使ってたら、新品買った方が良さそうなくらい高くなりそうだから、車借りて取りに行けたら・・・と思ったんだけど、俺・・・免許は持ってるけど、ペーパーでさ。」

「ヒロさん、車の免許証持ってたんですか。初耳です。」

「卒検以降、一回も乗ってねーし。ただの身分証明書だよ。乗らない分ゴールドだしな。」

確かに車に乗るヒロさんの姿はあまり想像がつかない。自分で運転するよりは・・・どっちかっていうと高級車の助手席の方が似合う感じだ。

「どうします?2tトラックレンタルしますか?」

「いや、そこまで大げさな物でもないらしいんだ。電車で運ぶには難があるって程度で・・・。普通のワゴン車でいいって話だから、実家で車借りる。」

「そうですか。じゃあ来週の二人揃ってのお休みは、ドライブに決定ですね。」

「ドライブって・・・・そんないいもんかよ。」

「だって、初めてじゃないですか!ヒロさんと二人で車に乗ってどこかに行くなんて・・・・。俺、すごい楽しみです!」

はしゃぐ俺の様子を見て、ヒロさんは食後のコーヒーの入ったマグカップを手に、ふわっと笑った。ヒロさんの表情の変化をよく観察していないと分からないくらいの小さな違い。目がほんの少し細められて、いつもは下がり気味の口角がちょっとだけ上がる。たったそれだけの事なのに可愛いくて俺の胸は高鳴る。




休日の朝、俺達は二人揃って電車に乗り、ヒロさんの実家を訪ねた。
残念な事にご両親は不在で、事前にガレージと車の鍵は借りてあるから、というヒロさんの言葉通りに、その手には小さな鍵束が握られており、ヒロさんの案内で裏門近くのガレージのシャッターを開けると、そこにはきちんと手入れされたランド/クルーザーが俺達を待っていた。

「・・・お父さんの趣味なんですか?お若いですね。」

「最近買い換えたんだよ。ずっとセダンだったけど、年寄りくさいのは嫌だからって。でも二人ともアウトドアの趣味もねークセして似合わないっつーの。」

「最近はそういう趣味がない方でも、好まれるようですよ。あ、ちゃんとシートも後ろ全部たたんでありますね。」

「面倒くさそうだから、予め頼んでおいた。荷物積むのに椅子は邪魔だろう。」

ガレージの中にあったブルーシートとロープも積み込み、準備万端。ヒロさんを助手席に座らせて、ご実家を後にした。

「やっぱりいい車は乗り心地が全然違いますね。花屋の車とは大違いです。」

「花屋で何乗ってんの。」

「ハイ/エースです。もう12年落ちの。夏場でもクーラーかけたらエンストするのでかけられません。」

「どんなボロだよ・・・。」

「この間はエンジンかけようとして鍵をまわしたら、刺さったまま根本でボキッと折れて先の部分が抜けなくなって焦りました。結局修理に来てもらわなくちゃならなくなって、配達がめちゃくちゃ遅れて大変で・・・。」

俺の話を聞いて相槌を打ってくれたり、声を出して笑ってくれるヒロさんがすごく可愛いくて、そちらを見たいんだけど、運転にも集中しなくちゃならないし、だいたい前を向いていなくちゃならないのがちょっと悔しい。

向き合って顔を見る事が出来ないかわりに、俺はそっと左手でヒロさんの右手を握った。驚いたらしいヒロさんは一瞬手を引こうとしたけど、そのままじっと手を繋いでいてくれた。こういう時、車がオートマで良かったなぁと思う。花屋のマニュアル車じゃこうはいかない。

それに急に手を握りたくなったのには理由があった。
運転していて、振り返る訳にもいかないのだけれど、やたらとヒロさんがこっちを見ているのだ。最初は何か気になる事でもあるのかな。初めて俺の運転する車に乗って心配なのかな、と思って信号待ちの度にそちらを見るんだけど、その時にはもうすでに視線は他に移されていて・・・。

『ドライブ 2 』


俺が振り向けば、ヒロさんは違う方を向いてしまい、また前を向き直すと横顔に視線を感じる・・・。
照れ屋で可愛い彼が、俺をじっと見ている事に気付かれたくなくてそうしているのは一目瞭然で・・・そんなあからさまなのに、バレてないつもりらしいのが堪らなく愛おしい。

繋いだ手をぎゅっと握れば、モジモジするみたいに小さく握りかえしてきてくれて、車を止めて今すぐ抱き締めたくなってしまうけれど・・・だめだめ、今日は書棚をもらいに行くという目的があって出かけたのだから、せめて用事を済ませた帰り道までは我慢しないと・・・。

電車で出かけたり、徒歩で並んで歩く時に手を繋ぎたくなる時があるけど、やっぱり人目がある場所ではヒロさんは嫌がってそれを許してはくれない。
真っ暗な映画館では手を握らせてくれるものの、映画が始まってしまえばヒロさん俺の手の事なんてそっちのけで、映画に集中してしまうからあんまり嬉しくないし・・・。
そう思うと明るい中で、堂々と手が繋げて、適度に密室な車の中というのはすごくいいんじゃないのかな・・・と思わず顔がにやけそうになってしまう。

可愛いヒロさんは今も無防備な顔でぼんやりと俺の方を見ていて、俺は左頬にその視線を受け止めながら何とか運転に集中しようと努力する。

「あ、次で高速のった方が道分かりやすいかもしれないって言われた。」

「じゃ、そうしましょう。入口近くなったら教えて下さい。」

車には最新のナビが装備されていたけれど、道路地図まで借りてきてナビする気満々のヒロさんが可愛いかったので、出発の時点からナビは切ってあった。それに対してヒロさんは何も言わなかったし、機械とはいえ二人の空間を邪魔されたくないって俺の気持ち、通じたのかなって嬉しい。

「俺さ、こんな風に誰かの運転する車に乗せてもらうのって久しぶりかも・・・。あ、タクシーとか別で。」

「俺も仕事以外で、しかもこうしてヒロさんを乗せて運転する・・・なんて発想自体無かったです。」

「子供の頃には親父の運転する車に乗るの好きでさ、今みたいにチャイルドシートとかシートベルトの規制もなかったから、必ず後部シートに仰向けに寝転がって本読んでて。親父に車の中で文字読むと酔うぞって怒られるんだけど、何だか妙に楽しくて。車の窓から見る景色はすごい早さで後ろに消えていくのに、仰向けで見る空はものすごくゆっくり雲が流れててさ、一瞬自分が止まってるみたいに錯覚しそうになるんだ。」

脳内で、写真で見せてもらった幼い日のヒロさんが、わくわくした顔で車窓を覗き込んでいる姿を想像してみる。手には読み込んだお気に入りの一冊。

「つまんない話・・・したな。」

「いいえ、もっとたくさん教えて下さい。ヒロさんがどんな子供だったのか。お父さん、お母さんとどんな風に過ごして、何を見て何を聞いて今のヒロさんになったのか・・・。俺、ヒロさんにしてもらう小さい頃の話を聞いていると、まるでそこに俺も一緒に居たんじゃないかなって想像しちゃうくらい、楽しいんです。」

「じゃあ俺にも野分の小さい頃の話・・・もっとしてくれよ。お前全然話そうとしてくれないから。」

「俺の話は・・・・そんな面白いエピソードもないんですよ。ぼーっとした子供だったんで、あんまり小さい頃の記憶ないですし。」

「俺、赤ん坊の時の記憶もあるぞ。」

「え、それはすごいんじゃないですか。」

「断片的だけどな。ベッドの上でくるくる回ってるメリーの飾りをじっと見てる光景とか、母親と一緒に縁側で涼んでいて、俺は座布団の上に転がされてるのとかな。」

「見てみたいです。ヒロさんが赤ちゃんだった頃。」

「・・・・見たけりゃ今度また実家行った時にでもアルバム見せてやるよ。」

信号待ちの停車で、対向にも並びにも車が無く、歩道にも誰も居ないのを確認して、助手席にいるヒロさんの唇をほんの一瞬だけ奪う。
ふいを突かれた彼は抵抗するヒマもなく、あっさりと俺に唇を許して、そのままみるみるうちに真っ赤になってしまった。

「お・・お前、運転しながらいきなり何を・・・・!危ねーから、んな事すんな!」

「大丈夫です。ちゃんと信号変わるまでですし。まわりに誰も見てないかどうかも確認しました。」

「お前は安全確認だけしてろ!」

だって、少しでも小出しにしてないと、ヒロさんの事で頭がいっぱいになって、ますます運転に集中出来なくなりそうです・・・とは言えずに、宥めるように繋いだ手の甲を指先で撫でた。

  ◇ 続く ◇



『ドライブ 3 』

高速を降りてから10分くらいで、ほどなく目的の家にたどり着いた。
学生の実家らしく、本人は来ていないようだったが、親御さんが丁寧に応対して下さり、3つにバラした書棚をブルーシートで包みロープで後部席に固定する。
頂いた書棚は黒檀で作られたアンティークな物で、ヒロさんはとても嬉しそうにしていた。
前日、ヒロさんが自分で用意してきた手土産(老舗の羊羹らしい)を先方に渡して、俺達は帰路につく。

「良かったですね。頂いた本棚も素敵だったし、親御さん達もすごくいい方々で。」

「ああ。本当に・・・最初図々しく貰う事にしちゃって、悪かったかなって思ってたんだけど、物見たら無理した価値あった!って思ったぜ。これに何並べるか考えたら、すげぇワクワクする。」

隣で子供みたいにはしゃぐヒロさんの様子に俺の顔も思わずほころぶ。

「これからどうしますか?まっすぐ帰って荷物下ろして車を返しに行けば、日が暮れる前には家に着きそうですけど・・・。」

「んー・・・別にそんな急がなくていいよ。車返すのもガレージの鍵持ってるから、何時でもいいし・・・。その・・・お前、こうして車で・・・2人で出かけるの嬉しそうだったしさ、ちょっとくらいなら遅くなっても・・・。」

「はい!じゃあそうします。ヒロさん、行きたいところありますか?」

「そんな事、急に言われてもなぁ・・・普段車で行動する事ってないし、正直何も思いつかねぇ、すまん。」

とりあえず途中のコンビニの駐車場に車を入れて、2人して道路地図帳とにらめっこする事になった。ヒロさんは「こんな事なら何か調べてきたら良かったな」とちょっと残念そうだったけど、俺はこの行き当たりばったりな感じがとても好きで、急なヒロさんの提案が嬉しくて、少し舞い上がってしまっていた。

「俺、海行きたいです。実は遠くからしか見た事なくて・・・。」

「海?こんな季節外れなのにいいのか?」

「ええ。泳ぎたい訳じゃないですし。」

ドライブデートって言えば、海か夜景か・・・・そんな発想しか無かった俺の頭。
どうして海なのかヒロさんに突っ込まれなくて良かった。とにかく今日は運転中ずっと可愛い顔してこっちばかり見てるこの人を思いっきり抱き締められたら本当はどこでも良かったのだ。

日が暮れてから海に着くのを見越して、先に自宅に向かい荷物を下ろす事にした。
遅くなって大きな家具をガタガタと持ち込むのも近所迷惑な気がするし・・・と話すとヒロさんもすぐに同意してくれて、まっすぐにマンションに帰ると、とりあえずリビングに書棚をばらしたまま降ろし、そのまままた車に乗り込んだ。

「お腹空きませんか?どこかで食べてからにしましょうか。」

「あー・・・・テイクアウトとか何か買ってさ、持ってって食わねぇか。腹も減ってんだけど、どうせ行くなら暗くなる前に行きたいし。」

「いいですね。途中で何か美味しそうなもの買って、海に行きましょう。まだ明るければ外で食べてもいいし、日が暮れてたら車の中で食べればいいでしょうから。」

ヒロさんの提案にのって、道中たまたま見つけた店でおむすびを何個か買った。そこはテイクアウトのおむすび専門店で、ずらっと30種類くらいの具の違うおむすびがショーケースに並んでいて、ヒロさんはすごく真剣にあれでもないこれでもないと言いながら迷っていて、そんな姿もかわいいなぁと思って見てしまう。

すごく悩んだヒロさんが選んだのは、牛すじと蒟蒻を甘辛く煮詰めたものが入ったものと、天むすと、焼きたらこマヨネーズ。そして俺は、と言うと、鮭、昆布、梅、かつおの4つ。

「野分のはあんまり面白くねぇな・・・。」

「おむすびは別に面白くなくていいです。だって、きのこグラタンとか、もんじゃ焼きとか具に入れられても・・・。」

「確かに。」

車を出すと自然とヒロさんの手が伸びてきて手を繋いでくれるようになった事がすごく嬉しい。
しかも、俺がシフトから手を離すタイミングをじっと待っている気配までが感じられて、そのけなげさに堪らなくなってしまう。

早く車を停めてヒロさんを抱き締めたい。
ぎゅっと抱いてキスして・・・触れるだけのキスじゃもう足りない。ヒロさんがとろとろにとけてしまうくらい濃厚なキスをして・・・それから・・・。

やっぱりこっちばかり見ているヒロさんに俺の頭を覗かれないかちょっと心配になってしまった。


 ◇ 続く ◇




『ドライブ 4 』



季節外れの海水浴場は人気もなく、砂浜を臨める高台の駐車場は俺達以外の車は1台も停まっていなかった。何とか夕暮れに間に合ったようで、まだ青い空のほんの一部の雲だけがほんのりピンクに染まっている。
俺とヒロさんは、おむすびの袋を持って車を降りると、手を繋いで駐車場から砂浜へと降りる石段を下った。

シーズン前のせいか、よく見るとゴミもあちこち落ちていて、想像していた程きれいな場所では無かったけど、その分誰も居なくて俺的にはちょっと嬉しい。

「ここで・・・いいだろ。食おうぜ。」

シーズンが始まれば、ここに屋根がついて店に変わるのだろうむき出しで浜にぽつんと残された木製のデッキに2人で腰をかけて、おむすびの入った袋とお茶のペットボトルを横に置く。

もう半月もすれば、別世界のように賑やかになるに違いない砂浜は、ただ静かに白波を打ち寄せていて、ヒロさんも俺も無言のまま海の方を見つめていた。

「いいな。俺も海なんて久しぶりに来た。」

微笑みを浮かべてヒロさんが言う。

「小さい頃には親とも来たし、スイミングスクールの夏期合宿で来たりもしたし・・・でも大人になってからは本当に縁がなくなったな。部屋で本読んでばかりだし。」

読書が何よりの趣味で(それがいまや仕事にもなっている)ものすごくインドアなイメージのあるヒロさんだけど、子供の頃にはスイミングや剣道などのスポーツの習い事もしていて、体を動かす事は嫌いではないようなのだ。
今も潮風に髪を揺らされながら、太陽光に白く照らされたヒロさんの横顔はとても健康的で、眩しいような美しさに目がくらみそうになる。

「これからは、たまにこうやって色んな所に一緒に行きましょう。俺も独立してからずっとバイトばかりだったんで・・・。」

「そうだな。」

ヒロさんは膝の上におむすびの袋を置くと、ガサガサと紙袋を開けて中からひとつ昆布のおむすびを取り出して俺に差し出した。

「ありがとうございます。」

肩が触れあうような近くに座り、海の方を見たまま2人おむすびを食べた。
駐車場の端の自動販売機で買ったお茶のペットボトルは2人で1本。俺が口をつけた後、ヒロさんが平然と飲む姿を見て、少し胸がときめく。

持って来たおむすびを食べ終わってしまうと特にする事もなく、そのまま2人ぽつぽつと他愛もない話をしながら、海を見つめていた。

いつの間にか夕暮れのピンク色は空の半分まで浸食していて、水平線も赤く染まって見える。夕焼けはヒロさんの頬も赤く染めていて、ふとこちらを振り向いた彼が恥ずかしがって赤くなっているのか、夕暮れのせいなのか判断つかないまま、どちらからともなく唇が重なった。

普段だったら「公の場所で盛るな!」とたしなめられそうな状況だけど、今日のヒロさんは大人しく俺に肩も抱かせてくれて、舌を差し入れた深い口づけにも応えてくれている。

「・・・っふ・・・・んんっ・・・ん・・・・。」

舌でヒロさんのあたたかい口の中を探っていると、彼の喉が切なそうに啼く。
右手でヒロさんの肩を抱き寄せ、左手をTシャツの裾から忍び込ませ、小さな突起を指で抓むと可愛らしい喘ぎが俺の口の中へ吐き出された。

「のわ・・ここじゃ・・・。」

「車に戻りましょうか。」







あっという間に薄暗くなった駐車場に戻り、車に乗った俺達は待ちかねたようにキスを再開させた。
舌を絡ませ、お互いの唾液を混ぜて深く深く貪り合う。
俺の服の胸元をぎゅっと掴むヒロさんが可愛い。

助手席側のシートをいっぱいに倒して、ヒロさんの太腿を挟む形でシートに乗り上げると、薄く開かれたままの口元に吸い寄せられるように、また唇を重ねた。キスのせいでほんのりと赤く染まったヒロさんの唇は柔らかく、あふれ出る唾液は堪らなく甘かった。

さっき中途半端なままだった胸元に手を差し入れると、まだ硬く尖ったままで、指先で丸く撫でまわされるのが気持ちいいのか、ヒロさんの肩が大きく揺れる。
服の裾をたくし上げて、白い胸元に口づけると、すごく色っぽいため息が零れた。


 ◇ 続く ◇



お題提供
『みんながヒロさんを愛してる』同盟様


いちゃいちゃデート でした。

2009月6月9日〜

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