『エスコート』



『エスコート』




場違いだ。
ほらみろ思った通りじゃねぇか、バカ秋彦。
こんな場所に一般人呼ぼうってのがそもそも大間違いなんだよ、バーカ。

都内にある外資系有名ホテルの一室で行われた「丸川書店主催宇佐見秋彦出版記念パーティー」に幼馴染みから殆ど脅しに近い勢いで招待状を押しつけられた俺は、会場に入ってものの5分でここに来た事を後悔していた。

著者近影で見慣れた、新進気鋭の若手作家、誰もが知るベテラン作家、芸能人、など華やかな業界人ばかりが集うこの空間に、どうして一般人も甚だしい俺が混じらないとならないのか。

しかも・・・

「ヒロさん、何かすごい人の多さですね。俺やヒロさんまで呼んでくれたから、てっきりもっと内々のパーティーなのかと思っていました。」

「俺もだ。」

俺だけならまだしも、今日は野分まで同伴で。

先週の金曜日、バイト帰りの野分と出先で待ち合わせして、二人で大型書店に寄った時の事だ。新刊単行本の平積みを前にして俺が本を物色していると、横で待ってた野分がふいに「あれ、宇佐見さんだ。」とつぶやいた。
俺も野分が見ている方を振り返って見ると、それまで談笑していた中年男性に会釈して離れた秋彦がこちらに向かって片手をあげていた。

「何だ、仲良く買い物か?」

「それがわりーか。お前こそ何の用だ。有名人のくせしてこんな目立つところで声かけてくるなよ・・・。」

あからさまに遠巻きにされて、ジロジロと遠慮のない視線を投げてくる他の客達の様子に落ち着かなさを感じながら、一刻も早く野分を連れてこの場を去りたい気分で胸がいっぱいだった。

「ああ、弘樹良かったらこれ、やる。」

秋彦はジャケットの胸ポケットから封筒を一枚取り出すと、俺にそれを手渡した。

「何だ、これ。」

「俺の出版記念パーティーの招待状だ。何なら彼にも一緒に来てもらえばいい。」

秋彦がちらりと傍にいる野分の顔に視線を飛ばす。
当の野分は何考えているのかよく分からないような無表情で秋彦を見返していて、変な雰囲気だ・・・。

「何で俺や野分までそんなものに呼ばれなきゃならないんだよ。」

「立食だが有名ホテルで飲み放題、食べ放題だ。ビアガーデンにでも来た気分で来ればいい。」

「そうはいくか。それに、こいつは仕事もあるし行けるかどうか・・・・。」

「いいですよ。その日なら俺確か休みです。」

余計な事は言わんでいい!!
そのとぼけた横っ面を叩いてやろうかと一瞬思ったがまたここで悪目立ちするのも嫌で、ぐっと我慢する。

「じゃあ気が向いたら顔を出してくれ。悪いな、邪魔をした。」

秋彦は有無を言わさず俺が返そうとしたクリーム色の封筒を無理やり俺に押しつけると足早にエスカレーターを降りていってしまった。






いくら気がのらないとはいえ、本人から直々にもらった招待状をどうする事も出来ず、仕方なく俺と野分はパーティーに顔を出す事に決めた。
幼馴染みに恥をかかせる訳にもいかないから、俺はクローゼットの中から少し派手めのフォーマルスーツを出し、そこではたと気がつく。

野分に何を着せればいいんだ・・・・?

基本的に普段着しか持っていない野分のタンスの中身を思い浮かべても、たまに学会や病院関係の用事の時に着ていくスーツが2着と、俺があいつの成人のお祝いにあつらえてやったスーツが1着。どれも地味で無難なリクルートスーツだ。

身長の高いあいつにはレンタルは無理だし、オーダーするには日が足りない。
仕方ねぇ、この際だから一着よそ行きくらい俺が奢ってやるか。

恐縮して「いらない」「いいです」を連呼する野分を連れて、海外ブランドの店を訪れたのが3日前のこと。
無理やりに試着させて、黒にシャドーストライプのフロックコート、スラックス、ベストを揃いの柄で、それに合わせた立衿シャツとアスコットタイを選ぶ。
結構な出費にはなったが、それを着た野分は声も出ない程格好良くて(店の女性店員達は大騒ぎだった)そのくらいの値段なら一向に構わないと思えた程。

という訳で、今日はその買ったばかりのフォーマルで野分はここに来ていた。しかもただ立っているだけでもやたらと目を引くらしく、会場に来ている多くの女性達から熱い眼差しを向けられているようなのだ・・・。



 ◇ 続く ◇



『エスコート 2 』



普段から客観的に見ても、野分は十分にいい男だから、これは女にモテるんだろうなぁ・・・・とは思っていた。バレンタインデーには紙袋にどっさりチョコレートを貰って帰ってくるし、一緒に街を歩いていても、ちらちらと視線をよこす女の子の視線に苛ついた事も何度かあった。だけどここまであからさまに、女性達の色っぽい視線を集める事になるなんて、予想してなかった・・・。しかもタレントや場慣れした業界人が多い会場だっていうのに、野分は別の意味で会場の空気から浮いていて、隣にいる俺は居心地悪いにも程がある。
畜生、これも全部秋彦のせいだ・・・・!
あの野郎、無理やり人に来させておいて、挨拶のひとつも無しかよ。

俺は会場スタッフから勧められたシャンパンのグラスを一つ手に取ると、ぐいっと一気に飲み干した。
・・・むっ、いい酒出してんな。

「ねぇヒロさん、食べ物とか自由に貰ってきていいんですかね。俺、お腹すいてきちゃいました。」

「・・・ああ、食え食え。遠慮する事ねーよ。言ってたろ、秋彦の奴が、飲み放題食い放題だって。好きなの貰ってきてどんどん食っとけ。」

「はい。ヒロさんも何か食べますか?一緒にもらってきますよ。」

「俺は後で適当につまむからいいや。お前の食いたいもの見てこいよ。」

ずっと壁にもたれてじっとしていた野分が大股で歩き出しただけで、まわりの女達が色めき立つ。
ああ・・・もう何だか苛つくな。あいつは俺のなんだから、どいつもこいつも勝手にじろじろ見てんじゃねーよ。

いらいらを誤魔化すように2杯目のシャンパンをあおったその時、どこか見慣れた懐かしい顔に出会った。

「やあ、久しぶりだな。こんなところで逢うとは思わなかった。何?秋彦に連れて来られたのか。」

「井坂さん・・・・。」

俺は秋彦の兄の幼馴染みで、実家がご近所同士だったこの人が子供の頃から苦手だ。
そうか・・・丸川書店って、そういやこの人の・・・。

無遠慮に俺の姿を舐めるように見回すと、井坂さんはふっと笑う。

「遠目にどこの別嬪がいるのかと思って、来てみれば弘樹じゃないか。何だすっかり美人になっちゃって。小さい頃は秋彦と一緒にいるせいで、まあ可愛いのは可愛いかったけど、普通のガキンチョだったくせにな。」

馴れ馴れしく髪の毛や腰に触れてくる仕草が嫌で後ずさると、尚更嬉しそうな笑みを浮かべて肩を抱かれた。

「ずいぶん格好いいお兄ちゃんと一緒だったみたいだけど・・・もしかして彼氏?お前、ずっと秋彦狙いで、まわりチョロチョロしてたもんな。」

「放っといて下さい。井坂さんには関係ないし、答える義務もない。」

「何だ、幼馴染みに対して冷たいなぁ。」

「アンタと幼馴染みだった覚えはない。」

抱き寄せようとする腕から逃れようと、もがいているところに「弘樹」と呼ぶ声が背中越しにかけられる。

「・・・秋彦。」

「何やってるんですか、井坂さん。アンタ仮にも今回の会の主催なんだから、やる事いくらでもあるでしょう。俺の客からかってないで働いて下さい。あっちで朝比奈さんが探してましたよ。」

秋彦の言葉に肩をすくめると、井坂さんは俺の肩を離すついでに耳元に顔を寄せ囁いた。

「大好きな彼氏と一緒で嬉しいんだろうけど、そんな欲情した顔して立ってたら他の男から狙われるよ?業界人色んな趣味の人いるからさ。」

「・・・・・!!」

「あー、もう弘樹、この人はいちいち相手しなくていいから。そんな事より、弘樹お前、番犬・・・じゃないボディガード連れて来なかったのか?一緒でいいって言っただろ。」

「野分なら・・・そこに。」

料理の皿を手に数メートル先から唖然とした顔でこっちを見ている野分の姿を指さす。


  ◇ 続く ◇


『エスコート 3 』



振り返った俺と目があった瞬間、急いで野分がこちらへと帰って来た。
井坂さんと秋彦に小さく頭を下げつつも、憮然とした表情は隠せていない。

「宇佐見さん、どうも。」

「来てくれて嬉しいよ。俺も仕事関係の気遣う相手ばかりだと息苦しくてね、今日はゆっくりしていってくれたらいい。」

「・・・ありがとうございます。」

「それにしても、君はそうやってきちんとした格好をしていると雰囲気がまた違うな。なるほど弘樹が惚れたのも納得がいくよ。」

「てめーこそ、主役がこんな所で油売ってねぇでとっとと営業して来い。それ以上ここで下らねぇ事言ってんなら帰る。」

「まあそうむくれるな。弘樹もなかなか似合ってるじゃないか。大学じゃ野暮ったい格好ばかりしているからな。こういう明るい色合いのものが肌の色にも瞳の色にも馴染んで、本当によく似合う。」

しゃべりながら多分無意識なのだろう、秋彦が俺の髪を手のひらで鋤いてきて、俺は思わず体を引いた。野分が一緒に来ているっていうのに、どうしてこいつらは寄ってたかって俺にべたべた触ろうとするんだ。

「おっ・・・俺も何か取ってくる。喉渇いたし・・・。」

「ああ、あっちにワインも用意しているから見てきたらいい。ただし、お前は飲み過ぎるなよ。」

「うるせー。ほっとけ。」

ワインコーナーに足早に歩いて行く俺のすぐ後ろを野分が黙ってついてくる。
何も言わないところを見ると、何だよ怒ってるのか。

グラスに注がれたワインを野分の分もと2つ受け取って、会場の端に移動する。

「ほら、そんなぶすっとした顔してねーで、せっかくだし飲もうぜ。」

野分は傍のカウンターに料理ののった皿を置くと、俺からワイングラスを受け取ってため息をついた。

「どうしてほんの数秒目を離しただけで、囲まれてるんですか・・・。」

「俺のせいじゃねーよ。」

「宇佐見さんはともかく、ヒロさんに馴れ馴れしくべたべた触ってきていた男は誰なんです。」

「井坂さんは、実家が近所で小さい頃から知ってる相手なんだよ。だからなんじゃねーの。別に他意はねぇって。」

「ヒロさんは無自覚過ぎます。自分がどれだけ魅力的で、人からどんな目で見られているか分かってない。」

「そんなもん分かるかよ。それにそんな目で見てんのはお前ぐれぇだ。」

何で野分と喧嘩しなくちゃならないんだ。
だいたい、こいつは俺が他の男に話しかけられて怒っているけど、自分だって女の子達からきゃあきゃあ騒がれて、ここでもあちこちから誘われて・・・面白くないのはこっちなのに。

手に持っていたグラスの中身を一気に飲み干し、しょぼくれ顔で壁に背中を預けている野分の隣に俺ももたれかかる。

「やっぱり来るんじゃなかったな。お前と家でだらっとしてる方が楽しかった。」

「俺は素敵なヒロさんが見られただけで嬉しかったですよ。・・・その服、すごく似合ってます。宇佐見さんに先に言われちゃいましたけど。」

「お前も・・・自分で見繕っといて言うのも変な話だけど・・・すげぇいいよ。見違えた。」

さっきまでしょんぼりしていた野分の顔が一気に輝くのを見て、ほっとする。こいつのこの単純さに救われた事が何と多い事か。

「ヒロさん、これ食べませんか?すごい美味しかったんです。でね、あっちのカウンターでは銀座のお寿司屋さんが出向いて来ていて、好きなネタ握ってくれるそうですよ。」

にこにこ顔の野分に小さなオードブルを口に運ばれ、何も考えずにそれを口に入れて咀嚼してから、ハッと思い出す。ここがどこかという事を・・・。
慌ててあたりを見回すが、特に誰とも目が合わず胸を撫で下ろした。

「あれ・・・?」

「ん、どうした野分。」

「いえ・・・さっきこちらをやけに見ている人が居たんですけど、俺と目が合ったらすっと人ごみに消えちゃいまして。あんまりじっと見てるから知り合いなのかな・・・って思って気になってたんですけど。」

野分の視線の先を俺も眺めてみたけれど、特にそういう人物の姿を見つける事は出来なかった。


 ◇ 続く ◇



『エスコート 4 』


立食パーティーなんて・・・と正直バカにしていた俺だけど、多種取りそろえた酒類の質の良さには感心させられていた。
シャンパンに始まり、ワイン、日本酒、ウイスキーの水割り、カクテルと、カウンター全て回ってみた後、ワインに戻ってきたあたりで野分に少々咎められた。

「ヒロさん、楽しそうなのはいいんですけど、飲み過ぎないで下さいね。」

「別に〜。そんなお前に心配される程、飲んでませ〜ん。」

野分はさっきから会場内で酔って転倒し、頭を打った女性客についていて、忙しい。
こんなところに来てまで医者の顔でいなくても・・・とはちょっぴり思ったけれど、スーツを腕まくりして会場スタッフ以上にてきぱきと動き回る姿に正直格好いいなぁ・・・と思った俺。
相手してもらえなくなって、面白くはなかったけど、こうやって働く姿を普段見る事はないからグラス片手に機嫌良く眺めていたのだ。

「心配はないとは思いますが、打ったところが頭と背中ですから、念のため検査した方が良さそうなんで、病院に行ってもらう事になりました。・・・あれ、ヒロさんどこに行かれるんです?」

「トイレ。何だよ、別について来なくていいよ。お前はその人の様子見てなきゃダメだろ。トイレくらい1人で行かせろ。」

トイレにまでついて来ようとする野分を制して、俺は1人会場の外に出た。ドア1枚隔てた廊下は静かで、冷えた空気がほろ酔いの体に心地良い。

トイレに行って会場に戻ろうとしたところで、ふいに声をかけられた。

「あれ?上條先生じゃないですか。」

振り返って声の主を見てみると、学部は違うが講義で見かける学生だった。

「ええっと・・・・うちの大学の・・・。」

「角です。こんなところで会うなんて奇遇ですね。先生も宇佐見先生の出版記念パーティーに?」

「・・・先生も、って角もそうなのか?」

「俺、父親が出版業界にいますから。先生は宇佐見さんと大学の同期なんでしたっけ?」

「あー・・・あいつとは、幼馴染みで・・・つきあい長いからさ。」

「そうなんですか。・・・道理で。先生の研究室に来られる宇佐見さんを何度かお見かけしたので・・親しいのかな、とは思っていたのですが。」

「別にー・・・あいつが勝手に俺んとこ入り浸ってるだけでー親しいとかじゃねーし。」

「先生、服装のせいかな、普段大学で会う時と随分雰囲気が違いますね。それに・・少しお酒を召し上がられているせいか、口調もくだけてて・・・。」

「あ、わりぃ。そんな飲んでないつもりなんだけどなぁ・・・まぁ今日は学校じゃないし、大目に見てくれよ。」

「ええ、俺も今日は先生として扱うつもりはないです。」

角が今何を言ったのか頭が理解するより先に、腕を引っ張られて近くのドアの中に押し込められた。そこはスタッフルームというか、備品などを一時的に置く為の小部屋のようで、ワゴンやテーブルクロスが積み重ねられた棚が目に入る。

「な・・・何・・・!」

突然に両手首を掴まれて壁に押しつけられる。
いったい自分の身に何が起こったのか理解出来なくて、呆然としているうちに目の前に角の顔が近づいてきて、反射的に顔を背ける。

「いいじゃないですか、キスくらいさせてくれても。一緒に来られているの、先生の恋人なんでしょう。俺知ってるんです。恋人連れてきて、これ見よがしに仲の良さ見せつけて、むかついてたんです。」

「何だ・・・それ、訳わかんねぇ。」

「今日の先生、すごく素敵です。シャンパンゴールドのフォーマルスーツ、あなたが着るとちっとも下品じゃなくて。それに普段は眼鏡かけていらっしゃらないんですね。あれもいいけど、こうしてるととても30歳近いとは思えないな・・・。」

角も酔っているのか、様子がおかしかった。
下半身を密着させて壁に押しつけられて身動きがとれない。痛いくらいに掴まれた手首が顔の横で縫い止められていて、俺は角の顔をきつく睨み付けた。

「何考えてんだ、お前。今なら酔っ払いの冗談で済ませてやる。こんな大声出せばすぐに聞こえるようなところでバカな事やってんじゃねぇ。」

「どうぞ。声を出すなら出せばいい。で、何て言うんですか?男に襲われたって答えるつもりですか?彼氏も一緒に来てる上に、宇佐見さんはそれ聞いてどう思われるんでしょうね。」



 ◇ 続く ◇




お題提供
『みんながヒロさんを愛してる』同盟様


オシャレデート でした。

2009月6月18日〜

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