『猫の首輪』



『猫の首輪 1 』


◇ 弘樹side ◇


無事に大学受験に合格し、晴れて医大生となった野分は相変わらず授業とバイトの忙しい時間を何とか工面しては家に通ってくる。
夜遅くにやってきて、1時間もしないうちに終電に乗って帰って行ってしまったり、せっかく来ていてもずっと学校の課題をやっていたり・・・なんて事も多いけれど、ちょっとでもアイツの顔を見たい気持ちは俺も同様だったから、アイツが学生になっても通い猫の生活を止めないでくれた事は正直とても嬉しかったのだ。

「そういえば今日、俺大学に行ったんですよ。バイトの最寄り駅が一緒で近くまで行ったから一緒に帰れたらいいな、と思いまして。」

「・・・・あ?今日って・・・何時頃だ。」

「4時頃・・・ですかね。しばらく入口のあたりで待ってたんですが約束もしてなかったし、偶然ヒロさんに会えたらいいな、くらいの気持ちだったんで1時間も待たずに帰りました。」

「俺は今日探したい資料があったから昼過ぎにはもう学校出て神田に行ってた。どうしてお前はそう行動が唐突なんだよ・・・。」

「すみません。でも今日はこうして夜会えたんで良かったです。」

古書店をいくつか回って買い物を済ませた後家に帰ってくると、すでに家の鍵は開いていて、野分は晩飯を作って俺の帰りを待っていた。むろん留守の部屋に入る為に使った鍵は初めて会った日に勝手に奪っていった、あの鍵だ。

小さな座卓に二人向き合って座り、野分が作った飯を食う。
そんな何でもない事が、俺達にとっては滅多にない共に過ごせる貴重な時間なのだ。

「・・・・・野分。」

「はい?」

「後でお前に渡したい物がある。」

「何でしょう。・・・楽しみにしていてもいいような物ですか?」

「まあな。入学祝い・・・まだやってなかったし、その代わりみてーなモンだ。」

俺の言葉に野分が嬉しそうに笑った。
黙って、空になった俺の湯飲みにお茶を足してくれる野分の手元を見ながら、もぐもぐと口の中のものを咀嚼する。
まだ受け取りもしないうちからこれ以上ないくらいの満面の笑みで俺を見ているんだろうと分かるから尚更顔が上げられない。

出会ってそれほど間もないうちに野分から告白を受けてその日のうちに体を重ねた。それから回数はさほど多くないものの、何度も寝てるし、ふと会話が途切れた時なんかにキスしたりもして多分誰に聞いても恋人同士だと言われるような付き合いをしている俺達だったけれど、お互い学生の身で俺は院での研究に追われ、野分は学校以外にも課題とバイトが忙しくなかなか思うようには会えないせいか、俺はいまだに照れくさくて野分の顔を真っ直ぐに見られない。



食事が終わって、洗い物を終えた野分の目の前に小さな紙袋を差し出す。

「・・・・やる。」

「・・・これ、携帯電話・・・ですか?」

「お前も大学生なんだから、持っておいても邪魔にゃなんねーだろ。だいたいこの時代に今まで持ってなかったのが不思議なくれぇだ。都合上俺の名義で契約したけどちゃんとお前の名前になってるし、請求書の送付先もお前ん家だから。これで大学の門の前でぼけっと1時間も待たなくて済むようになるだろ。」

「ヒロさん・・・・ありがとうございます!」

紙袋を持ったままの手で急に抱き締められる。明後日の方を向いていて野分の動向が予測出来なかった俺は、ふいをつかれて抵抗する事も出来ないまま、その広い胸の中に抱きとめられてしまった。

「・・・苦しい、放せ。」

「嬉しいです。ヒロさん、俺すごく嬉しいです。」

子供みたいにはしゃぐ野分にぎゅうぎゅう抱き締められながら、俺の胸の中で小さな罪悪感が疼く。
本当は野分の為だけじゃない。
俺がもっと野分と会えるようになりたかったから。会えない日にも声を聞いたり、メールを送り合ったりしたかったから・・・。

ようするにいつ来ていつ帰るか分からない通い猫に自分の所有の印として首輪が付けたかった・・・それだけの事なのだ。


  ◇ 続く ◇



『猫の首輪 2 』


これまでずっと携帯を持とうとしない野分は、何か主義主張があってそうしているのかと思ったりもしたが、実際に買ってこちらから押しつけてみれば、新しい玩具を買い与えられた子供みたいにはしゃいで、喜んだそのテンションで写真まで数枚撮られたりもした。

「どーすんだ、そんなもの。しかも若干ピンボケだし・・・。」

「いいんです。ヒロさんに会えなくて寂しい時にこれ見て頑張るんですから。俺ずっとヒロさんに写真貰いたかったのに、ヒロさん全然撮らせてくれないから。」

小さな液晶画面に記録された俺は、むくれ顔で視線を外していて、自分で見てもちっとも可愛げが無い。なのに野分は心底愛おしそうに、その画面を指先で撫でていて、また少し腹が立ってきた。

そんな写真見て満足してないで、寂しかったら逢いにくればいいんだ。
だいたい本人目の前にして、いつまでテメェは携帯の写真いじってんだよ。

そんな不満が口から出そうになって、慌ててゴクンと飲み込む。

年上の威厳・・・4歳も差があるのだから、それだけは維持していかなくては・・・と思いつつ野分を目の前にすると、俺のそんなちっぽけなプライドもガタガタに崩れてしまいそうになる。
冷静で大人な自分を見せたいのに、俺の本心はナサケナイ程に野分の事で頭がいっぱいで、コイツの行動や言動にいちいち一喜一憂しては後で落ち込む羽目になるのだ。

携帯であれば・・・・顔が見えない分、もう少し素直に話せるかもしれない。

メールであれば、何度も読み直して推敲出来る分、慌てて余計な事を口走ったりしないで済むかもしれない。

そう思ったから、恥ずかしい気持ちをぐっと抑えて昨日携帯ショップに行った。野分の好みなんてよく分からないから、デザインも機能もごくシンプルで無難な機種を選び、勢いで購入してしまってから、どんな顔してこれを渡せばいいのかを悩む。しかも買ってしまってから気付くのも遅い気がするが「いらない」と言われたらどうするんだ。
それに、実際持つようになれば維持費だってかかるようになる。今でも複数のバイトをかけもちしながら生計を立て、育ててもらった施設に寄付を続けているコイツにまた負担を増やすつもりなのか。
そう思ったからこそ、携帯代は俺がもつという考えも浮かんだけれど、野分の性格を思えばまずうんとは言わないだろう。
だからこそ、負担になるのも承知で支払い請求の送付先は野分のアパートにした。

携帯を受け取った野分は、すごく喜んでいるように見えるけれど、突然こんな物を買って寄越した俺を変に思ったりはしてないだろうか・・・・。

「ヒロさん、俺・・・毎日電話かけます。メールも早く打てるよう練習します。」

「・・・いい、別に毎日かけてこなくても・・・・。」

「でも俺、ヒロさんの声聞きたいです。寝る前には『おやすみなさい』って言いたいですし、朝には『おはよう』って言ったりしたいです。」

「用件ないのに無闇に電話代使わなくていい。おやすみもおはようもいらねぇからな。」

手渡すまで、心配と後悔の念でいっぱいだったから、とりあえず野分のはしゃぐ姿を見て安心した。

本音を言えば、俺だって・・・毎日野分の声が聞きたい。
メールだって貰えれば心底嬉しいに違いない。

そう思うのに、俺の口から出る事といえば、可愛いさの欠片もない憎まれ口ばかりだ。





そんな訳で、野分が携帯を持つようになって2週間になる。

短い文面ではあるものの、野分からは毎日メールが届く。
そして俺も短く返す。
普段殆ど携帯でメールなんてやらない俺だったから、その短い文面でも繰り返し読み直しては消して、何度も書き直した挙げ句のものなのだ。

『今日は夜間の工事現場の警備の仕事です。弁当だけど食事もついていて助かります。』

『そうか、お疲れ。あんまり無理はするな』

一言だけそう返信すると携帯をパタンと閉じる。
バイト先の休憩室に居るのでは今夜は電話はかかって来ないだろう。
そう思うと何だか寂しい気持ちになってしまって、再びさっき閉じたばかりの携帯を開いた。


  ◇ 続く ◇


『猫の首輪 3 』



◇ 野分side ◇


自分の安アパートの布団の中、ふと思い立って枕元を手で探る。充電器の上に乗せてあった携帯電話を手に取ると、暗闇の中意味もなくぱかっと開いてみる。まるでそこだけ違う世界への入口みたいに煌々と明るい液晶画面に目を細めながら、写真のフォルダを開いた。
そこにあるのは、この携帯を贈ってくれたヒロさんの、ちょっと拗ねた顔。
写真が欲しいという俺のワガママに、最初すごく嫌がって顔を手で隠したり、部屋の中を逃げ回ったりされたけれど、最後には観念してしぶしぶ何枚か撮らせてくれた。

初めてのヒロさんの写真。
笑ってなくて、しかもちょっとぼやけているけど、可愛いくて嬉しくて堪らない。

俺が大学に通うようになって、最近ますますヒロさんに会える時間も機会も減ってしまった。勉強を教えてもらっていた頃には一緒に居る時間は殆ど勉強、という縛りがあったけれど、それでもバイト以外の時間は努めてヒロさん家に行くようにしていたから比較的長く一緒に過ごせたのに、今は昼間学校に行っている分どうしてもバイトは夜になってしまうし、ヒロさんも院に進んでから前より忙しくなって、レポートに追われている時などは俺と一緒に居てもあまり相手をしてもらえなくなってしまった。

多分付き合っているはずなのに、会える時間も少なく、会っていてもそれぞれ課題やレポートで頭がいっぱいで、満足に語り合う余裕すらない俺達。

ヒロさんにとって俺の存在ってどれほどの大きさなんだろう。
優先順位をつけるのは変な気がするけれど、ヒロさんにとっての俺は、本やレポートより遙かに下なんだろうな・・・といじけた気分になる事もしばしば。

それだから、半月前ヒロさんがすごくもじもじしながら携帯電話会社の紙袋を俺に差し出した時には正直死ぬほど嬉しかった。

無い生活に慣れていたから、案外無くても平気なもので、これまでもバイト先の人達から「草間も携帯持てよ。シフトの変更とかで連絡したくても出来なくて不便だ。」と言われる度、どこ吹く風で知らん顔してきた。

だけどヒロさんが持って欲しいと言うなら話は別だ。

会えない日にも電話があれば声を聞く事だって出来るし、メールだって送りあえる。こうやって写真だって持ち歩けるし、何しろヒロさんが俺の為に選んでくれて、贈ってくれた物だと思うと嬉しくて嬉しくて、ヒマさえあればこうしていじってしまう。

液晶画面に書かれた現在時刻は、深夜2時過ぎ。
ヒロさんもさすがに眠っている頃だろう。

昨日は工事現場での単発バイトだった為にメールしか出来なかった。
メールのフォルダを開いて、今日貰ったヒロさんからのメールを表示する。

『そうか、お疲れ。あんまり無理はするな』

たったこれだけの文章だけど、ヒロさんが俺の体を気遣う優しさが感じられて嬉しかった。

ヒロさんに会いたい。声が聞きたい。メールももっといっぱいしたい。

ヒロさんを好きになる度に、俺はどんどん欲張りになっていっている気がする。
何も持たず、何も望まず、何ものにも執着出来なかった俺が唯一つ欲しいと願ったひと。俺はヒロさんに関してだけ、どうしようもなく強欲になる。
どれだけ一緒に居ても足りない。ヒロさんが足りない。
抱き合っても、体を繋げても、もっともっと欲しくて足りなくて、焦燥感ばかりが募る。

しかも俺は彼より4歳も年下で・・・ヒロさんのまわりに居るだろう大人の人達や宇佐見さんと自分を比べる度に、落ち込まずにはいられない・・・。

液晶画面に表示されたヒロさんのメールをそっと指で撫でる。
俺の頭の中で、ヒロさんの白い肌が俺の触れる指先にびくりと反応するところに変換されて、頭の芯がかあっと熱くなった。

ヒロさんは決して俺を好きだとは言ってくれないけれど、俺が求めればたいてい抱かせてくれる。ヒロさんとの行為はとんでもなく甘くて濃厚で、俺は溺れるみたいにそれに夢中になった。
憧れてやまなかった大好きな人を自分のものに出来る喜びに、興奮して余裕がなくなるあまり、つい焦ったり乱暴になりそうになる俺をヒロさんは優しく制し、そのきれいな体を開いて俺を深いところで受け止めてくれるんだ。

「ヒロ・・・さ・・ん。」

小さな声で名前を呼べば、尚更に胸が苦しい。


 ◇ 続く ◇




お題提供
『みんながヒロさんを愛してる』同盟様


電話デート でした。

2009月7月12日〜連載中


NEXT
BACK

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!