『新月』



『新月』 





目覚めた時、俺は暖かい腕の中に居て・・・
ぼんやりとした寝起きの頭で「ああ野分帰って来たんだ」と理解する。
昨夜ベッドに入った時にはあいつはまだ勤務の為に帰ってなくて、一人で夕食を食べ、風呂に入り、ベッドで適当な時間になるまで本を読んで、眠った。
野分は居ないけど、いつもの癖でベッドを半分あけて寝てしまう。俺のベッドはダブルだから十分に広さもあるし、まぁ・・・その・・・なんだ、あいつが遅くに帰ってきて、何となく俺のベッドで寝たいなと思った時に・・・空いてねぇと困るだろ。

そんなつまらない期待などしながら、いつものようにベッドを半分あけて眠った俺は、朝目が覚めた時に自分をすっぽりと包みこんで眠る野分の腕に気付いて、喜びに二度寝を決め込もうと大きな腕の中でヨイショと体の向きを変える。野分の胸に顔を向けて、向き合う形で何気なくその顔を見上げた時、俺は何だか違和感を覚えた。

「・・・・あれ?」

目の前で眠る男は、間違いなく俺の野分だ。
額にかかる漆黒の髪、長くて濃い睫毛に縁取られた切れ長の目、少し厚くて色っぽい口唇、健康的に焼けた象牙色の滑らかな肌、がっちりとした胸と肩。
だけど、何かが違う・・・。
どこかで見たような気がするんだけど・・・何だろう、この顔。

普段なら照れくさくて正視出来ない野分の顔を至近距離でまじまじと見つめる。
そして、俺は突然に思い出したのだ。

「・・・・・!」

この顔は、7年前、初めて出会った頃の野分だ。

 

 

「おはようございます。・・・えーっと・・・・結局、俺はどうすれば・・・・。」

「俺に聞かれたって分かるかよ!」

目覚めて起き上がった野分は、間違いなく17歳の頃の野分だった。
すでにイイ男の片鱗は見せているものの、どことなくあどけなさの残った表情。少しぼんやりとしていて、今よりずっと掴み所のない不思議な存在感。
黒目がちで、必要以上にじっと俺を見つめてくる遠慮のないところもあの当時を思い出させる。

「ちゃんと俺昨日の事まで全部覚えてますし、昨日やったコンファレンスの内容も全部言えるし、ヒロさんに朝作って行った夕食のメニューまでしっかり記憶しています。」

「じゃあ肉体だけが若返ったって事かよ。ムカつくな。」

「何で怒ってるんです?」

「ただでさえ4歳差があんのに、さらに7歳若返ってどうすんだよ!このバカ!・・・どうせなら俺が若返った方がバランス取れたかもしれねぇのに!」

「大丈夫ですよ。ヒロさんは7年経とうが、20年経とうが変わらずにキレイです。」

「20年後はもっと老けてるよ!バカ!」

「バカバカ言わないで下さい・・・。俺だってどうしたらいいのか分からなくて困ってるんですから・・・。」

目の前でしょぼん・・・と肩を落としたその姿は、まだ俺からの想いを実感出来ず、自信のないまま闇雲に愛情をぶつけてきていた10代の野分を思い出させる。

ずっと一緒に居たから、その変化に気付けずにいたけれど、俺と会って大学生になり、成人し、研修医となった今までにあいつは随分と成長してきてたんだ。
もともとバカでかかった上に更に身長を伸ばし、愛想は誰に対しても良かったものの、笑顔以外は無表情だったのが、年月を重ねるうちにどんどん表情が豊かになっていったし、どこか達観していて大人びていた性格は逆に年を経て子供っぽく多少我が儘も言ってくれるようになったと思う。
こうして見てみると一番変わったのは見た目だ。
まだ少年としか言いようのない目の前にいる野分には、今の俺を抱き締めて包み込んで安心させてくれる懐は感じられない。
頼りなくて、放っとけなくて、人懐っこくて、どれだけ俺が冷たく突き放しても全然懲りずに「ヒロさん、ヒロさん」と追い回して来ていた子供・・・。
そんな風に懐かれると悪い気はしなくて、犬っころみたいに追っかけまわすこいつが可愛くて堪らなかった俺。

それがいつからだろう。懐いてじゃれつくよりも、傍にいて絶対的な安心感と安らぎをくれ、焼けつくような恋情を呼び覚まし、いつまでたっても俺を身も心も振りまわす、悔しいぐらい魅力的な男になった。

それなのに、これだ。
苦労してプレイしていた育成ゲームを初期化されたような脱力感。

俺の野分は、じゃあ今どこに・・・・?。

「まぁ、なっちまったモンは仕方がねぇだろ。俺が見れば一目瞭然でも、他人が見れば気づきやしねぇよ。」

「・・・幸い、今日はお休みですし・・・。」

「悪いな、俺は仕事なんだ。学会が終わったところでひと段落ついてるし、講義が終わったらすぐ帰るようにするつもりだけど・・・お前は家でゆっくりしてろよ。」

「そうします。天気もいいし洗濯でもして、後で買い物にでも行って来ます。」

「おう、そうしろ。色々考えたってどうしようもねぇしな、普通にしてんのが一番だ。」

「ヒロさんにそう言ってもらえると安心します。」

情けない顔で無理やりに笑顔を作ろうとする野分の髪をくしゃくしゃに掻きまわして、俺はニッと笑ってみせた。
そんな不安そうな顔すんなよ。
俺がちゃんとついててやるから。

「それじゃ、行ってくる。何かあったら絶対電話してこい。授業中で出られなくても必ず後で電話するから。」

「分かりました。気をつけて行って来て下さい。」

「・・・じゃ、な。」

出て行く俺を見送りに出てきた玄関先で、どこかまだ途方に暮れたような、所在ないような顔をした幼い野分は「行ってらっしゃい」と言いつつなんだか寂しそうで、なかなか出て行く気になれない。

「おい、野分、ちょっと屈め。」

「・・・?・・・屈めって、こうですか?」

不思議顔で膝を折った野分のぼさーっとした口唇に、乱暴に自分の口を押し付けて、一瞬触れるだけのキスをすると、俺はそのまま顔も見ずにドアを開けて「行ってくる!」と家を飛び出した。

「ヒロさん!ありがとうございます!行ってらっしゃい。」

一目散に駈け出した俺の背中に、野分の明るい声がかけられる。今朝起きてから初めて聞くあいつらしい元気な声にほっとした。

 

大学に着いて、自分の研究室のいつもの席に座る。
デスクに積まれた資料の山と天井まで届く書棚。曇りガラス越しに見える中庭の景色。
見慣れた席で一息ついて、ようやく今朝起こった事の重大さが胸に迫る。

野分は「記憶に問題が無いから大丈夫。」だと言ったけど、本当にそうだろうか。
何しろ奴の仕事は医者だ。ちょっとしたミスも取り返しがつかない事になる。全く未経験、無知識の17歳に戻って患者を見る事になんてなったら・・・と想像するといても立っていられない気分だ。

それに、仕事上は何とかなったとしても、今、肉体的に俺と野分の年齢差は11歳。三十路を前にして最近疲れがとれにくくなったとか、前ほどたくさん酒が飲めなくなってきたかもなんて思っていたのに、相手は恐ろしい事に十代だ。・・・色んな意味で相手しきれないだろう。

「おーい、上條ー。プリントの仕分け手伝ってくれ。」

研究室のドアが閉まらないように体を挟みこみ、山のようなコピー用紙の束を抱えた教授が部屋へとやって来た。
この人はすぐに自分の部屋を本の山でめちゃくちゃにしては入れなくなって、俺の部屋に居つこうとばかりする。

「なーにまた難しい顔しちゃってぇ。」

「別に、何でもありませんよ。」

「ホントかー? そう言ってて、後で大変な騒ぎにしちゃうの上條の十八番だからなー。何、また彼氏と喧嘩でもしたか?」

「・・・いえ・・・喧嘩とかは別に・・・。」

プリントの山を机の上に積み上げたまま放りだして椅子に座りこみ、相談に乗る気まんまんな様子の教授の姿を眺めながら、いったいこの状況を他人に伝えるにはどうすればいいのだろう・・・と言葉につまる。

「上條さー、あのでっかい彼氏と付き合って・・・どのくらいになんの?」

「・・・え?・・・ああ7年以上になります。」

「7年ってスゴイな。って事は彼氏が十代の頃からって事か。」

「・・・はい。アイツが17歳の頃に俺が家庭教師やったのがきっかけなんで・・・。」

「へー・・・で、そのいたいけな17歳を、お前は食っちゃった訳か。」

「何ですか、その言い方。それにそういう意味では教授に言われる筋合いはありません。」

思い出すのは教授がつき合っているらしい、学部長の息子で、いつも俺を睨んでくる勝気な目をしたきれいな男の子。
何故か俺に敵対意識を持っているようで、会う度にすごい顔で睨まれてばかりいる。
あの子はどう見てもまだ高校生のようだし、教授との年齢差は確かに俺達どころの話ではない。

「それにしても・・・あれだな。17歳で知り合って・・・今は24歳か。
それだけ年数ありゃ、十分自分好みの男に育てられそうだな。」

「育てる・・・って。」

「光源氏じゃあないけど、恋の相手を自分好みに育てていく・・・ってのは男のロマンじゃねぇ?」

「じゃあ教授もそうなさるおつもりで?」

「・・・・まさか。あいつは・・・・どっちかっていうと矯正されてんのは俺っていうか・・・って、俺の話はどうでもいいんだよ。上條の話をしてんだ、こっちは。」

教授の軽口に、今日は何だかのる気も突っ込む気にもなれなくて、俺はもやもやした気分のまま教授の持ってきたコピー用紙の山を黙って仕分け始める。

このまま帰ったら何も無かったかのように元に戻っててくれりゃあいいのに。
何もかも仕事疲れか会えない寂しさで俺が見た白昼夢だとかで・・・・。

 


講義が終わるやいなや、慌てて帰り仕度を始めた俺を見て教授が何とも言えない表情で目を細める。

「上條、今日は彼氏帰って来んのか?」

「・・・え、あ・・・はい。アイツ今日非番なんで・・・。」

「そうか、じゃあ急いで帰ってやりな。・・・それに、一人でぐちゃぐちゃ考えているより、彼氏にぎゅーっとかしてもらったら悩んでるのなんかばかばかしくなるかもな。」

「何言ってんですか。・・・バカバカしいのは、教授の方ですよ!ったく・・・・失礼します!」

背中に投げかけられた教授からの言葉を聞きとる事もなく、俺は慌てて部屋を飛び出した。

とにかく今は、家で待っているはずの野分に会いたかった。
不安で不安でつぶれそうな胸をどうにかしてくれる、あいつの手が欲しくて。

 

「野分!!」

家に帰るなりリビングに駆け込んだ俺を迎えたのは、きょとんとした表情の・・・幼さの残る姿。

「ヒロさん、お帰りなさい。」

「・・・あ・・ああ。ただいま。」

顔を見るなり勢いをなくした俺の変化に気付いたのだろう、にっこりと笑顔を浮かべていた野分の表情がかすかに曇る。
帰ってくれば何もかも元通りかも・・・なんて根拠も何もない、ただの都合のいい願望だ。それが叶ってなかったからって一人で落胆して、あいつにあんな顔させたかった訳じゃない。

「変わった事なかったか?昼飯はちゃんと食ったのかよ。」

「・・・はい。何も変わったことは・・・。お昼も食べました。」

「そっか・・・ならいいや。」

違うのは見た目だけで、中身はいつもの野分なのだと分かっているのに、何だか目を合わせるのが怖くて、ぎこちない言動をとってしまっていると自分でも分かる。

というか・・・あの頃の俺はこいつに対してまだまだ今以上にぎこちなくて、まるで好きだと思っている事を気づかれるのが嫌だとばかりに、冷たい態度ばかりとっていた気がする。年上としてのプライド、そして生まれて初めて両想いになった相手に嫌われたくない、失いたくないという恐れがとらせる裏腹な言動。
無邪気に愛を口にする年下の恋人を、どう受け止めたらいいのか分からなくて、照れくささを隠す為に怒ってばかりいた俺・・・。

まったくこいつは、こんな俺をよくもまあ見捨てずに、今まで一緒に居てくれたもんだなと思う。

「ヒロさん。」

「……ん、何。」

「違ってたらごめんなさい。…ヒロさん、今回の俺の事で変に考え込んだりしてないですか?…心配してもらえるのは嬉しいけど、ヒロさんすごく難しく考え過ぎる癖があるから…心配です。」

「そりゃ…考えるなって方が無理だ。」

「そうかもしれませんが、こればかりは考えてもどうにもならない事ですし、それでヒロさんが辛そうにしているのを見るのは…。」

野分の手のひらが、そっと俺の頬に触れる。
無意識にビクッと肩が揺れた俺を見て、触れる寸前の野分の手が一瞬ためらった後、ゆっくりと下ろされた。

「ヒロさん、今の俺に触れられるの、嫌ですか?」

「…そんな事は…。」

「怖いですか?俺の事。」

悲しそうに歪められた野分の顔をそれ以上見たくなくて、その胸に顔を埋め、きつく抱きしめた。混乱している今の俺が何を言っても、野分を苦しめる事になるかもしれない。
ただ、そんな俺でも分かっている事は…どんな姿であろうとも、どんな事になろうとも、野分は野分だ。
こいつを悲しませるのは絶対に嫌なんだ。

驚く程に強く抱き返されて、一瞬息が止まる。
俺を抱く、野分の腕はかすかに震えていて、誰よりこいつ自身が不安なんだと思い知らされた。

顎を掴んで上向かされ、狂おしく唇を塞がれる。
いつもの野分のキスとは違う、奪われるような激しさで、頭の奥がじんと焼けつく。
きつく、きつく抱き締められて、じんわりと視界が潤んできて野分の顔が涙で見えなくなっていった。

「ヒロさん……。」

キスとキスの合間に繰り返されるささやきに、胸の奥の方にねじきられるほどの痛みを感じる。

「……野分ッ。」

こみあげてくる涙に掠れる声で、その名を呼ぶと、俺をかき抱く野分の息が恐いくらいに熱く、激しく高まっていくのを感じた。
無言のまま、引き摺り落とされるようにしてリビングの床に組み敷かれる。野分は息を荒げ、高ぶった自身を押し付けてきていて、いつもならぶん殴る状況ながら、今日はその奇妙な奴の迫力に押されて、歯向かう気が全く起こらなかった。

硬いフローリングの床に体を押し付けられ、野分の大きな体がぐっとのしかかってくる。




 性急にベルトを外され、下着ごとスラックスを引き剥がされた。
ネクタイもシャツもそのままにシャツの裾から手を突っ込まれ、胸の突起をきつく指先で抓まれる。

「・・・やっ・・・イタ・・・。」

ワイシャツを喉のあたりまで捲りあげられ、胸元を弄ってくる野分の頭を手で制しながら、嵐みたいな愛撫に身を投げ出す。今でこそ多少は自制がきくようになった野分だが、出会った当初・・・体を重ねて間もない頃にはどうしても不慣れだったから、何もかも全力、力いっぱい、っていう触り方で、気持ちいいの半分、痛いの半分・・・だったんだよな、と思い出す。
指先で何度も捏ねられて、硬く尖ったそこに野分の濡れた舌を感じた。
片方の突起を口に咥え甘咬みしながら、もう片方を指先でぎゅっと潰される。

「・・・んっ・・・ぅあ・・。」

強引に足を開かされてむき出しのそれに、野分のジーンズが擦られ、思わずビクンと背中が震えた。

冷たく硬いフローリングの床。
反して、触れるだけで火傷しそうに熱い野分の掌。

触って欲しい。めちゃめちゃになったっていいから。
つまらない事など何も考えられなくなるくらい。

「・・・野分・・・・。」

まだほんの子供みたいな顔していたくせして、俺を組み敷き、上から見下ろす目は牡のそれで・・・。まっすぐに見つめられて、あがる息を抑えられない。

「っ・・・・はあっ・・・あ・・・は・・・。」

執拗に胸ばかり責める野分の髪の毛に指先を絡め、他の場所にも早く触れて欲しくて焦れてしまう。見た目はガキのくせして、ピンポイントで俺の弱い場所ばかり弄ってくるのが何だか腹立たしかった。

「ヒロさん、俺の上に乗って下さい。」

床に仰向けに寝転がった野分の体を跨いで座るように引き寄せられる。
結んだままだったネクタイを解かれ、ワイシャツのボタンをひとつひとつ外していく野分の器用な指先をじっと見つめた。
前を開かれたシャツ一枚羽織った姿で、野分に馬乗りになった俺。
17歳の男の上に跨る29歳の男・・・と考えると、眩暈がしそうだ。

上気した野分の顔。
怖いくらい真剣な表情に、体の奥がずくんと疼く。

ふいに胸と胸をくっつけるようにしてぎゅっと上半身を抱きよせられた。
野分のその唇にそっと自分から触れるだけのキスを落とすと、追いかけるように激しいキスが返され、息もつけない程に奪われる。
もうどちらのものとも分からない唾液が唇の端からあふれ、野分の顎をつたって落ちて行く。

「んぅ・・・ふ・・・ふう・・・。」

口腔を掻きまわす野分の舌に翻弄されて、すっかりキスに夢中になっていたところ、ふいを突くようように、がっしりと腰を掴まれ、双丘を割り広げようとする指先の動きに一瞬身を固くした。

「力抜いて・・・。」

後ろから探るみたいに突き立てられる野分の指。
まだ慣らされていないそこは、指一本入っただけで、苦しくて思わず力が入ってしまう。

「は・・・ああ・・・あ・・・。」

「ヒロさん、かわいい・・・。 腰、動いちゃってる。」

「嫌・・・あっ。あっ・・・・んんっ。」

内壁を掻きまわされる指が2本に増やされ、俺は堪えきれずに繰り返し甘い喘ぎを吐き出した。

 

「野分・・・ア・・やっ・・・。」

野分の体に覆い被さった姿勢で、腰だけを高くあげさせられた俺の躰の内側を激しく掻きまわす指の動きに、全身がかあっと熱くなるのを感じた。

俺のイイ場所を知り尽くした野分の指。
遠慮も躊躇もなく快感を呼び覚ますその動きに、まぎれもなくコイツは「野分」なのだと教えられる。

「のわ・・・そのままじゃ・・・こわい・・・ちゃんとローション・・・使え。」

ぐちゃぐちゃと掻きまわす指の動きが荒々しくなっていって、今にも突っ込まれるんじゃないかという恐怖に、野分を制する。女とは違って濡れてこない俺では、猛ってデカい野分のものをそのままじゃ受け止めきれないから。

「・・・じゃ、寝室に取りに行って来ます。ちゃんと待ってて下さい。」

殆ど素っ裸の俺に自分の脱いだセーターをかけると、野分は寝室に向った。

・・・バカ。このタイミングで寝室に物取りに行くくらいなら、俺連れて寝室に移動すりゃいいんじゃねーか。律儀にまたここに戻ってきてヤル気かよ・・・。

肩から野分のばかでかいカウチンセーターをかけられた俺は、リビングの床に所在なく座り、自分の裸の膝をぼんやりと見つめていた。

22歳の俺も、29歳の俺も、野分の言動にいちいち振り回されて、四六時中奴の事で頭いっぱいなのは同じだ。口じゃ文句ばっかり言ってるくせして、本音は、一緒に居れば『触れてこないのか』と意識しまくってしまうし、触れられれば『抱いてほしい』と願うあさましい自分がいる。
そして、そんな自分の女々しさを嫌だと思うから、気がつけば野分につれない態度をとって、ギリギリのところで精神的バランスをとってる自分・・・・。

野分はどうしてそんな俺を許してくれるのだろう。
もっと素直にあいつの愛情を受け止めてくれる人間は掃いて捨てる程いるだろうに・・・。
どうして野分は、わざわざ、こんなに素直じゃなくて、口が悪くて、すぐに蹴ったり殴ったりして、しかも・・・男の俺なんかを好きになってしまったんだろう。
そして、いったいいつまでこんな俺を『かわいいです』と言って抱きしめ、キスをくれ、柔らかくもない男の硬い体を欲してくれるのだろう・・・・。

ローションの容器とスキン、枕と毛布を抱えて戻ってきた野分をちらっとだけ見た後、いたたまれずに俯く。

「ヒロさん・・・・・。」

大きな体を丸めるように俺の傍にしゃがみこんで、キスをされる。
さっきまでの荒々しさが少しひいた、いつもの野分らしい空気が戻ってきていて、少しほっとした。

床の上に毛布を敷き、ちゃんと寝室から回収してきた枕を並べる野分の姿に吹き出しそうになる。こいつのこういう律儀さというか、頭いいくせにバカというか、下らないくらい一生懸命なところが可愛いんだよな。

毛布の上に横たえられた俺の腰の下に枕を挟んで、微妙に腰を高くされた状態で大きく脚を開かされ、羞恥に体温が上がる。

「せめて・・・電気、消せ。」

煌々と灯されたリビングの灯りの下で、こんな格好な上、自分でも見た事ないような奥の方まで凝視されて、とてもじゃないけど耐えられない・・・。

「・・・嫌です。ヒロさんが見えなくなっちゃうじゃないですか。」

「間接照明があるだろう。」

「明るいところでちゃんと見たいんです。」

ちゃんとって・・・・!
診察する訳じゃねーんだから、そんなとこジロジロ見たって何にもならねぇだろう。それとも何か、帰ってくるなり変な態度とった俺に対する報復なのか。恥ずかしい格好させて床で犯して、俺に対する嫌がらせかー!

恥ずかしくて、落ち着かなくて、両腕を交差させ顔を覆った俺の指先をちろりと野分の舌が舐める。

 


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