『新月』 |
『新月』 そんなつまらない期待などしながら、いつものようにベッドを半分あけて眠った俺は、朝目が覚めた時に自分をすっぽりと包みこんで眠る野分の腕に気付いて、喜びに二度寝を決め込もうと大きな腕の中でヨイショと体の向きを変える。野分の胸に顔を向けて、向き合う形で何気なくその顔を見上げた時、俺は何だか違和感を覚えた。 「・・・・あれ?」 目の前で眠る男は、間違いなく俺の野分だ。 普段なら照れくさくて正視出来ない野分の顔を至近距離でまじまじと見つめる。 「・・・・・!」 この顔は、7年前、初めて出会った頃の野分だ。
「おはようございます。・・・えーっと・・・・結局、俺はどうすれば・・・・。」 「俺に聞かれたって分かるかよ!」 目覚めて起き上がった野分は、間違いなく17歳の頃の野分だった。 「じゃあ肉体だけが若返ったって事かよ。ムカつくな。」 「何で怒ってるんです?」 「ただでさえ4歳差があんのに、さらに7歳若返ってどうすんだよ!このバカ!・・・どうせなら俺が若返った方がバランス取れたかもしれねぇのに!」 「大丈夫ですよ。ヒロさんは7年経とうが、20年経とうが変わらずにキレイです。」 「20年後はもっと老けてるよ!バカ!」 「バカバカ言わないで下さい・・・。俺だってどうしたらいいのか分からなくて困ってるんですから・・・。」 目の前でしょぼん・・・と肩を落としたその姿は、まだ俺からの想いを実感出来ず、自信のないまま闇雲に愛情をぶつけてきていた10代の野分を思い出させる。 ずっと一緒に居たから、その変化に気付けずにいたけれど、俺と会って大学生になり、成人し、研修医となった今までにあいつは随分と成長してきてたんだ。 それがいつからだろう。懐いてじゃれつくよりも、傍にいて絶対的な安心感と安らぎをくれ、焼けつくような恋情を呼び覚まし、いつまでたっても俺を身も心も振りまわす、悔しいぐらい魅力的な男になった。 それなのに、これだ。 俺の野分は、じゃあ今どこに・・・・?。 「まぁ、なっちまったモンは仕方がねぇだろ。俺が見れば一目瞭然でも、他人が見れば気づきやしねぇよ。」 「・・・幸い、今日はお休みですし・・・。」 「悪いな、俺は仕事なんだ。学会が終わったところでひと段落ついてるし、講義が終わったらすぐ帰るようにするつもりだけど・・・お前は家でゆっくりしてろよ。」 「そうします。天気もいいし洗濯でもして、後で買い物にでも行って来ます。」 「おう、そうしろ。色々考えたってどうしようもねぇしな、普通にしてんのが一番だ。」 「ヒロさんにそう言ってもらえると安心します。」 情けない顔で無理やりに笑顔を作ろうとする野分の髪をくしゃくしゃに掻きまわして、俺はニッと笑ってみせた。 「それじゃ、行ってくる。何かあったら絶対電話してこい。授業中で出られなくても必ず後で電話するから。」 「分かりました。気をつけて行って来て下さい。」 「・・・じゃ、な。」 出て行く俺を見送りに出てきた玄関先で、どこかまだ途方に暮れたような、所在ないような顔をした幼い野分は「行ってらっしゃい」と言いつつなんだか寂しそうで、なかなか出て行く気になれない。 「おい、野分、ちょっと屈め。」 「・・・?・・・屈めって、こうですか?」 不思議顔で膝を折った野分のぼさーっとした口唇に、乱暴に自分の口を押し付けて、一瞬触れるだけのキスをすると、俺はそのまま顔も見ずにドアを開けて「行ってくる!」と家を飛び出した。 「ヒロさん!ありがとうございます!行ってらっしゃい。」 一目散に駈け出した俺の背中に、野分の明るい声がかけられる。今朝起きてから初めて聞くあいつらしい元気な声にほっとした。
大学に着いて、自分の研究室のいつもの席に座る。 野分は「記憶に問題が無いから大丈夫。」だと言ったけど、本当にそうだろうか。 それに、仕事上は何とかなったとしても、今、肉体的に俺と野分の年齢差は11歳。三十路を前にして最近疲れがとれにくくなったとか、前ほどたくさん酒が飲めなくなってきたかもなんて思っていたのに、相手は恐ろしい事に十代だ。・・・色んな意味で相手しきれないだろう。 「おーい、上條ー。プリントの仕分け手伝ってくれ。」 研究室のドアが閉まらないように体を挟みこみ、山のようなコピー用紙の束を抱えた教授が部屋へとやって来た。 「なーにまた難しい顔しちゃってぇ。」 「別に、何でもありませんよ。」 「ホントかー? そう言ってて、後で大変な騒ぎにしちゃうの上條の十八番だからなー。何、また彼氏と喧嘩でもしたか?」 「・・・いえ・・・喧嘩とかは別に・・・。」 プリントの山を机の上に積み上げたまま放りだして椅子に座りこみ、相談に乗る気まんまんな様子の教授の姿を眺めながら、いったいこの状況を他人に伝えるにはどうすればいいのだろう・・・と言葉につまる。 「上條さー、あのでっかい彼氏と付き合って・・・どのくらいになんの?」 「・・・え?・・・ああ7年以上になります。」 「7年ってスゴイな。って事は彼氏が十代の頃からって事か。」 「・・・はい。アイツが17歳の頃に俺が家庭教師やったのがきっかけなんで・・・。」 「へー・・・で、そのいたいけな17歳を、お前は食っちゃった訳か。」 「何ですか、その言い方。それにそういう意味では教授に言われる筋合いはありません。」 思い出すのは教授がつき合っているらしい、学部長の息子で、いつも俺を睨んでくる勝気な目をしたきれいな男の子。 「それにしても・・・あれだな。17歳で知り合って・・・今は24歳か。 「育てる・・・って。」 「光源氏じゃあないけど、恋の相手を自分好みに育てていく・・・ってのは男のロマンじゃねぇ?」 「じゃあ教授もそうなさるおつもりで?」 「・・・・まさか。あいつは・・・・どっちかっていうと矯正されてんのは俺っていうか・・・って、俺の話はどうでもいいんだよ。上條の話をしてんだ、こっちは。」 教授の軽口に、今日は何だかのる気も突っ込む気にもなれなくて、俺はもやもやした気分のまま教授の持ってきたコピー用紙の山を黙って仕分け始める。 このまま帰ったら何も無かったかのように元に戻っててくれりゃあいいのに。
「上條、今日は彼氏帰って来んのか?」 「・・・え、あ・・・はい。アイツ今日非番なんで・・・。」 「そうか、じゃあ急いで帰ってやりな。・・・それに、一人でぐちゃぐちゃ考えているより、彼氏にぎゅーっとかしてもらったら悩んでるのなんかばかばかしくなるかもな。」 「何言ってんですか。・・・バカバカしいのは、教授の方ですよ!ったく・・・・失礼します!」 背中に投げかけられた教授からの言葉を聞きとる事もなく、俺は慌てて部屋を飛び出した。 とにかく今は、家で待っているはずの野分に会いたかった。 家に帰るなりリビングに駆け込んだ俺を迎えたのは、きょとんとした表情の・・・幼さの残る姿。 「・・・あ・・ああ。ただいま。」 顔を見るなり勢いをなくした俺の変化に気付いたのだろう、にっこりと笑顔を浮かべていた野分の表情がかすかに曇る。 「変わった事なかったか?昼飯はちゃんと食ったのかよ。」 「・・・はい。何も変わったことは・・・。お昼も食べました。」 「そっか・・・ならいいや。」 違うのは見た目だけで、中身はいつもの野分なのだと分かっているのに、何だか目を合わせるのが怖くて、ぎこちない言動をとってしまっていると自分でも分かる。 というか・・・あの頃の俺はこいつに対してまだまだ今以上にぎこちなくて、まるで好きだと思っている事を気づかれるのが嫌だとばかりに、冷たい態度ばかりとっていた気がする。年上としてのプライド、そして生まれて初めて両想いになった相手に嫌われたくない、失いたくないという恐れがとらせる裏腹な言動。 まったくこいつは、こんな俺をよくもまあ見捨てずに、今まで一緒に居てくれたもんだなと思う。 「ヒロさん。」 「……ん、何。」 「違ってたらごめんなさい。…ヒロさん、今回の俺の事で変に考え込んだりしてないですか?…心配してもらえるのは嬉しいけど、ヒロさんすごく難しく考え過ぎる癖があるから…心配です。」 「そりゃ…考えるなって方が無理だ。」 「そうかもしれませんが、こればかりは考えてもどうにもならない事ですし、それでヒロさんが辛そうにしているのを見るのは…。」 野分の手のひらが、そっと俺の頬に触れる。 「ヒロさん、今の俺に触れられるの、嫌ですか?」 「…そんな事は…。」 「怖いですか?俺の事。」 悲しそうに歪められた野分の顔をそれ以上見たくなくて、その胸に顔を埋め、きつく抱きしめた。混乱している今の俺が何を言っても、野分を苦しめる事になるかもしれない。 驚く程に強く抱き返されて、一瞬息が止まる。 顎を掴んで上向かされ、狂おしく唇を塞がれる。 「ヒロさん……。」 キスとキスの合間に繰り返されるささやきに、胸の奥の方にねじきられるほどの痛みを感じる。 「……野分ッ。」 こみあげてくる涙に掠れる声で、その名を呼ぶと、俺をかき抱く野分の息が恐いくらいに熱く、激しく高まっていくのを感じた。 硬いフローリングの床に体を押し付けられ、野分の大きな体がぐっとのしかかってくる。
「・・・やっ・・・イタ・・・。」 ワイシャツを喉のあたりまで捲りあげられ、胸元を弄ってくる野分の頭を手で制しながら、嵐みたいな愛撫に身を投げ出す。今でこそ多少は自制がきくようになった野分だが、出会った当初・・・体を重ねて間もない頃にはどうしても不慣れだったから、何もかも全力、力いっぱい、っていう触り方で、気持ちいいの半分、痛いの半分・・・だったんだよな、と思い出す。 「・・・んっ・・・ぅあ・・。」 強引に足を開かされてむき出しのそれに、野分のジーンズが擦られ、思わずビクンと背中が震えた。 冷たく硬いフローリングの床。 触って欲しい。めちゃめちゃになったっていいから。 「・・・野分・・・・。」 まだほんの子供みたいな顔していたくせして、俺を組み敷き、上から見下ろす目は牡のそれで・・・。まっすぐに見つめられて、あがる息を抑えられない。 「っ・・・・はあっ・・・あ・・・は・・・。」 執拗に胸ばかり責める野分の髪の毛に指先を絡め、他の場所にも早く触れて欲しくて焦れてしまう。見た目はガキのくせして、ピンポイントで俺の弱い場所ばかり弄ってくるのが何だか腹立たしかった。 「ヒロさん、俺の上に乗って下さい。」 床に仰向けに寝転がった野分の体を跨いで座るように引き寄せられる。 上気した野分の顔。 ふいに胸と胸をくっつけるようにしてぎゅっと上半身を抱きよせられた。 「んぅ・・・ふ・・・ふう・・・。」 口腔を掻きまわす野分の舌に翻弄されて、すっかりキスに夢中になっていたところ、ふいを突くようように、がっしりと腰を掴まれ、双丘を割り広げようとする指先の動きに一瞬身を固くした。 「力抜いて・・・。」 後ろから探るみたいに突き立てられる野分の指。 「は・・・ああ・・・あ・・・。」 「ヒロさん、かわいい・・・。 腰、動いちゃってる。」 「嫌・・・あっ。あっ・・・・んんっ。」 内壁を掻きまわされる指が2本に増やされ、俺は堪えきれずに繰り返し甘い喘ぎを吐き出した。
「野分・・・ア・・やっ・・・。」 野分の体に覆い被さった姿勢で、腰だけを高くあげさせられた俺の躰の内側を激しく掻きまわす指の動きに、全身がかあっと熱くなるのを感じた。 俺のイイ場所を知り尽くした野分の指。 「のわ・・・そのままじゃ・・・こわい・・・ちゃんとローション・・・使え。」 ぐちゃぐちゃと掻きまわす指の動きが荒々しくなっていって、今にも突っ込まれるんじゃないかという恐怖に、野分を制する。女とは違って濡れてこない俺では、猛ってデカい野分のものをそのままじゃ受け止めきれないから。 「・・・じゃ、寝室に取りに行って来ます。ちゃんと待ってて下さい。」 殆ど素っ裸の俺に自分の脱いだセーターをかけると、野分は寝室に向った。 ・・・バカ。このタイミングで寝室に物取りに行くくらいなら、俺連れて寝室に移動すりゃいいんじゃねーか。律儀にまたここに戻ってきてヤル気かよ・・・。 肩から野分のばかでかいカウチンセーターをかけられた俺は、リビングの床に所在なく座り、自分の裸の膝をぼんやりと見つめていた。 22歳の俺も、29歳の俺も、野分の言動にいちいち振り回されて、四六時中奴の事で頭いっぱいなのは同じだ。口じゃ文句ばっかり言ってるくせして、本音は、一緒に居れば『触れてこないのか』と意識しまくってしまうし、触れられれば『抱いてほしい』と願うあさましい自分がいる。 野分はどうしてそんな俺を許してくれるのだろう。 ローションの容器とスキン、枕と毛布を抱えて戻ってきた野分をちらっとだけ見た後、いたたまれずに俯く。 「ヒロさん・・・・・。」 大きな体を丸めるように俺の傍にしゃがみこんで、キスをされる。 床の上に毛布を敷き、ちゃんと寝室から回収してきた枕を並べる野分の姿に吹き出しそうになる。こいつのこういう律儀さというか、頭いいくせにバカというか、下らないくらい一生懸命なところが可愛いんだよな。 毛布の上に横たえられた俺の腰の下に枕を挟んで、微妙に腰を高くされた状態で大きく脚を開かされ、羞恥に体温が上がる。 「せめて・・・電気、消せ。」 煌々と灯されたリビングの灯りの下で、こんな格好な上、自分でも見た事ないような奥の方まで凝視されて、とてもじゃないけど耐えられない・・・。 「・・・嫌です。ヒロさんが見えなくなっちゃうじゃないですか。」 「間接照明があるだろう。」 「明るいところでちゃんと見たいんです。」 ちゃんとって・・・・! 恥ずかしくて、落ち着かなくて、両腕を交差させ顔を覆った俺の指先をちろりと野分の舌が舐める。
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4/1〜5/20 |