『新月』 |
「ん・・・っふぅ・・・ふあ・・・・。」 ソファに浅く腰かけ、脚を軽く開いた野分の膝の上に向き合う形で跨る。 若返って膨張率が上がった野分のものに苦しめられたのはいつの事だったか。 自身の体重によって、ぐっ・・・ぐっと狭壁が広げられていく感覚にきつく閉じた瞼の裏がチカチカしてくる。 「ヒロさん、大丈夫ですか? すごい・・・きついですよ・・・。」 「・・・いっ・・・いいか・・・らっ・・・。」 それだけ配慮しても俺を限界まで苦しめ、悦ばせる、熱い高まり。 瞬く間に硬度と大きさが増していくのを体の内側に感じ、心配そうな顔で俺を見上げる野分の頭を強く掻き抱いた。髪の毛をくしゃくしゃと指に絡め、痛みを逃す為に短い息を繰り返す。 「ヒロさん・・・・・っ・・・。」 手加減なしに抱き返してくる野分の腕の力強さ。耳元にかかる熱い吐息。俺を呼ぶ野分の声。 意識がふわりと漂い、肉体を離れそうになる度にぐっと唇を噛んで耐える。 忘れるな、俺。 なあ、野分。お前も忘れんな。 「あっ・・・あああ・・・ン・・・ああっ・・・。」 ソファについた膝に力を込めて、繋がった部分をゆっくりと上下させる。 「ヒロさん!・・・ヒロさん!・・・・ヒロさ・・・・。」 下から激しく突き上げられる衝撃に、耐えるべくすがりつく両腕に力を込めた。 野分・・・野分・・・野分・・・・ 俺の中はお前であふれそうになっているのに、体の奥の方から「もっと、もっと。」と際限なく何かがこみ上げてきてどうしようもないんだ。 「ああっ!・・・・野分っ・・・・・。」 俺がその名を叫んだ瞬間、体の内側で熱い飛沫が勢いよく弾ける。
幸せな疲労感に包まれ、抱きあって眠った翌朝・・・・・目覚めた俺は、目の前に横たわり安らかな寝息を立てる少年を、とても静かな気持ちで見つめていたんだ。
初めて見る小学生くらいの野分。 俺は野分の為に慌てて買いに行ってきた、小さな下着や服、靴下を次々開封しながら、まじまじとその姿に見入った。 「ヒロさんが何だか大きく見えて、変な感じです。」 小さな野分は照れ臭そうに笑いながら、買ってきた着替えに袖を通している。
さすがにもう誤魔化せる段階ではない為に、病院には休職願いを出させた。「迷惑をかける事になったら嫌だから辞めさせて欲しい。」と言う野分を「もとに戻った時に無職でどうすんだ!」と怒鳴りつけて、無理やりに納得させた形で。 野分は自分がもう二度と戻れないと思っているんだろうか・・・と一瞬目の前が真っ暗になったものの、俺が弱っててどうすんだ、と気持ちを奮い立たせて、必要な手続きや連絡すべき人や部署への連絡は一通り済ませてきた。 「どうする、野分。夢の大型休暇だな。」 「これでヒロさんも一緒なら最高なんですが。」 「バーカ。そんな事してたら二人してホームレスだぞ。」 「だから我慢して家で主夫しています。ヒロさん、しばらくの間養って下さいね。」 「・・・おう!まかせとけ。」 パーカーにジーンズに着替え終わった野分の頭をポンポンと撫でると、奴は嬉しそうに笑ってみせた。 しかし、本当に大変なのはこれからだ。 「先輩、そろそろ着く頃ですね。」 「ああ。・・・・仕方ない、コーヒーでも淹れてやるか。」 津森はこんな姿になった野分を見て、すぐにそうだと気付くだろうか。いや、それよりこんな荒唐無稽な話を本気にしてくれるんだろうか。 「・・・来たみたいですよ。」 チャイムの音に俺は1人玄関へと向かった。 「・・・・はい。」 玄関のドアを開けてそっと顔を上げると、いつものおちゃらけた顔とは全く違う、真剣な・・・そして怒りを滲ませた顔で奴は立っていた。 「お久しぶりですね。上條さん。」 「本当に・・・この度は・・・迷惑をかけて申し訳なかった。・・・それと今日は来てもらって・・・感謝してます。」 「嫌だなぁ。そんなあなたが頭を下げる事ないでしょー。らしくないッスよ、頭あげて下さい。」 深く下げた頭をゆっくりと上げると、柔らかな笑みを浮かべた津森が「これ手土産。」と小さな紙袋を差し出してみせた。 「どうしたんです?野分はどこに・・・・。」 リビングへと通された津森は無遠慮に部屋中を見回し、後ろから付いて来た俺を怪訝そうにふり返る。
「こっちからこんな話ふっておいて変な言い方だと思うんですけど、信じてもらえるんですか。」 「まあね。何も物証のない状態でこの話聞いてたら、とうてい信じられる話じゃないッスけど、先週までの野分の姿を見てるんで・・・。」 「え・・・・。」 「他の人間は騙せてても、俺は無理です。先週アイツ、明らかにガキっぽくなってたでしょう。」
「俺は、ね。・・・でも他の病院関係者や子供たちにはバレてなかったんじゃないのかな。」 確かに勘の鋭そうな津森なら無理ないか。 「最初は全然気づかなかったんスよ。急にマスクで顔隠して出てきて、普段風邪なんかひいてんの見た事なかったし、アレルギーもないって聞いてたのに変なやつだなーと思ってて。でもそのうちやっぱりマスクがうっとおしくなってきたんでしょーね、取って普通に仕事してました。そしたら、『あれ?こいつってこんな顔だったっけか?』と思う程、何かが決定的に違う。俺が感じてる違和感をまわりの人間は感じていないみたいだし、かといってしゃべってみれば普通にいつもの野分だし・・・で、不思議だったんスけど、今日上條さんから話を聞いてやっと違和感の理由がわかりました。」 「見ていてそんなに違いますか。」 「中身と外見がちぐはぐしている感じが一番気持ち悪かったかな。そうか、外見だけ10代に戻っちゃっているから・・・。」 「当時のあいつを知ってる俺でも変な気分だったし・・・。」 「・・・で、今はもっと・・・進んじゃったんで・・・?」 「・・・多分10歳かそれくらいじゃないかと思います。」 俺は言葉を区切ると立ち上がり、野分の寝室のドアをそっと開けた。 野分を連れてリビングに戻った途端、津森の目が見開かれたのが分かった。 「これは・・・また予想以上に・・・。」 「先輩・・・・。」 「うっわ、変な感じ!こんな子供から先輩よばわりされるのも変だけど、何が変って声が高っ!」 「仕方ないじゃないですか。子供なんだから。」 「・・・・っつーか、でかいなお前。ちょっと見だと子供だとは思えないもんな。何、お前この年ですでにこんなデカかったの?」 「はい。結構あっという間に子供服が着れなくなって、着るものに困ってたんです。小さいサイズなら園にもたくさんお古があるんですけど、そんなに大きなサイズの服は全然置いてなくて・・・。」 野分の言葉にちょっと驚いた。 野分は俺にも殆ど子供の頃の話をしない。 指導医という立場上、こいつの書類とか目にする機会があったせいかもしれない・・・と思いつつ、正直何だか少し悔しかった。 「それにしてもデカイわ、口調はオッサンだわで可愛くないガキだなー。」 「別に先輩に可愛いなんて思われなくていいです。」 野分は細長い手足を余らせ気味に床に直接ペタンと座り込むと、傍に突っ立ったままの俺を振り返りまた笑ってみせる。
「・・・まあ、実際に目で見て話聞いて納得したよ。休職願い、ちゃんと上にあげてやるから安心して早く戻って来い。」 「・・・・・・はい。」 「その・・・津森・・・さん。」 「何です?・・・ああ、別に上條さん、俺の事は呼び捨てでいいっスよ。あなたなら。」 初対面が最悪だった分、最近は少しずつこの男の事を見なおしてきていたのに、意味ありげに腰に手を回されて、カチンとくる。 「ホント、面白い人だな。あなた、口に出さずに頭の中で色々ぐるぐる考えこんじゃうタイプでしょう。しかも表情見てたら考えていることがダダ漏れっスよ。ほら、真っ赤になった。図星ってところかな。」 「先輩!ヒロさんに触らないで下さい!」 「ハハハハ。怒っても今の野分じゃ全然迫力ねぇなぁ。腕なんか全然細っちいし。」 津森の言葉と行動に一瞬ムッときたものの、さっきまで張り詰めていた部屋の空気がいっぺんに和らいだのが分かった。 そうだ、今の俺達に必要なのは二人きりで部屋に閉じこもって、未来を恐れ嘆く事ではなく、出来るだけ風を入れ替えて、ちゃんとした日常をおくることでどんな結果が待っていようとも受け止められる力を蓄えておく事だ。 俺が迷ったら野分が困る。 本当は誰よりあいつ自身が不安なはずなのだから・・・・。 それにしても・・・津森、コイツって、チャラチャラいい加減な事ばかり言うのって、もしかして計算・・・なのか? 人を油断させて懐に飛び込む為の処世術・・・だったり? 「あ、上條さん。こいつ今こんなでアレでしょ。夜の相手は無理だろうから・・・。困ったら俺いつでも喜んでお手伝いしますから。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 「先輩!もう用は済みましたから帰って下さいよ。それ以上ヒロさんに失礼な事言うんだったら、俺・・・・。」 ・・・・前言撤回。コイツただの阿呆だ。
あの後、津森に一通り体に異常がないか確認してもらって、医学的にはまったく問題なかった野分は、キッチンで客用コーヒーカップや皿を洗っている。 まっすぐに見つめ返されて、恥ずかしくなった俺はそおっと視線を外して俯く。 いや、おかしいだろ。 |
4/1〜5/20 |