『夜の散歩』





『夜の散歩』




「あー・・・・・・。」

洗面台の棚に首を突っ込んだ野分が素っ頓狂な声をあげている。

「何だー?なぁ、どうした。」

「トイレットペーパー切らしちゃいました。まだ買い置きあると思ったら勘違いで。」

「何だ、そんな事か。トイレットペーパーくらい今時コンビニでいつでも買えるだろう。」

「ダメですよ。コンビニでトイレットペーパーなんて。高くてちょっとしか入ってないんですから。駅の反対側に深夜までやってるドラッグストアがあるんで今から行って来ます。」

壁の時計を煽り見ると夜11時をまわったところだった。明日は俺も野分も仕事だけど・・・まあ少しくらいいいかな。

「じゃあ俺も行く。」

「ドラッグストアですよ。ヒロさんには面白くないかもしれませんけど・・・。」

「別に面白そうだから連れてけとは言ってない。夜遅いのにお前だけ行かせるの悪いからさ。」

野分の立つ方向に背を向けたまま、着ていたパジャマをソファの上に放り投げ、普段着に着替える。この年になっても、思いがけず夜中に出かけるという事にわくわくしている自分がしょっぱい。

「いいですね。じゃあトイレットペーパーだけ買って帰ってくるのも勿体ないですし、駅前の屋台でラーメン食べて帰りませんか?」

「食う!」

野分の提案が嬉しくて即答してしまってから、急に気恥ずかしくなってくる。
何だ、俺・・・子供じゃあるまいし。ラーメンひとつではしゃいでんじゃねぇ。





夜道と言っても、11時台だ。まだ終電の時間でもないし、24時間のガソリンスタンドにレンタル店、コンビニなどは昼以上の明るさで通りを照らしている。
野分に連れて行かれたドラッグストアは俺の想像よりずっと大きな店構えで、薬や日用消耗品だけでなく、化粧品、食品、雑誌、酒類、簡易な衣料品など何でもありそうだ。
野分と店内で分かれ、バラバラに買うものを物色する。

俺はカゴの中に特価のミネラルウォーター3本と、スナック菓子の袋をいくつか入れた後、店内にいるはずの野分の姿を探した。
こういう時にも、奴はデカイから見つけやすくて便利だ・・・・

お、いたいた。
背中丸めて一心不乱に何見てんだろう。

野分は売り場の棚の前で箱のような物を次々手にとっては裏書きを一生懸命読んでいるようなのだ。

何だ、あれ。薬か何かか?

真剣過ぎて俺が見ているのにも全く気がついていない。
俺はそーっと野分に近づくと、斜め後ろの方から奴の手元を覗き込む。

「・・・・・・・。」

野分の手にはカラフルなデザインの化粧箱・・・・。
目の前の棚にずらっと陳列されているのは、いわゆる避妊具だった。

「・・・・野分。」

「あ、ヒロさん、買うもの見つかりましたか?」

「恥ずかしいヤツ。何一生懸命見てるのかと思や・・・そんなものぱっとカゴ入れて買って帰って家帰って読め。そんな吟味するような物じゃねぇだろ。」

「いえ、吟味するべきものだったみたいですよ。俺いつもサイズだけ確認したら適当に買ってたんですけど、ほらこれなんて伸縮性のある素材でサイズ気にする必要ない上に、ゴム臭40%カットで、口に入れても違和感少ないそうですし、こっちのなんて新製品で、ゴム製じゃないんですよ。水系ポリウレタン製。透明感があって匂いもなく丈夫で熱伝導がいいそうです。これにしてみませんか?」

「知らねーよ。そんなんどーでもいい!つーかお前は恥ずかしいって単語知らねぇのか。何べらべら解説してくれてんだよ。ポリウレタンだろうが何だろうが知ったこっちゃねえ!ばーか!」

照れ隠しに一気にまくし立てた俺の声のでかさに、近くの売り場にいたカップルが冷たい目でこちらを見ている。
俺は自分の顔がすごい勢いで茹で上がったのを自覚し、野分が両手に持っていた箱をつかみ取ってカゴに放り込み、ヤツの腕を引っ張ってとにかく売り場から遠ざかるのに成功した。
そして野分のカゴの中に自分のカゴから水と菓子を放り込むと会計の方を無言で指さす。

「分かりました。払ってきますからヒロさんはここで待ってて下さいね。」

別段怒った様子もなくにこにこ顔の野分は買い物カゴを持ってレジに並びに行ってしまった。

そうか・・・別にあれを買うからって俺達の関係を勘ぐられる訳じゃないもんな。普通に使うものなんだろうし・・・恥ずかしいのは意識し過ぎの俺の方か。

それにしても吟味するべきって・・・ゴム臭くないから口に入れても平気?・・・それは何か、俺に咥えろ・・・って暗に仄めかしてんのか?・・・熱伝導率がいい?あれつけて俺ん中入ってあたたかいですね、とかのたまうつもりか・・・?

考えれば考える程いたたまれない気分になって、照明が明るすぎる店内の一角で俺は全然買う気のないダイエットクッキーの箱の山を睨んでいた。

「ヒロさん、お待たせしました。・・・クッキー食べたかったんですか?」

「そんなもんいらん。帰るぞ。」

とにかく店から離れたいと思う気持ちが無意識にさせていたのか、しばらく進んだあたりではっと我に返った俺は、自分が店からここまで延々野分の手を引いて歩いて来た事に気がつく。

おそるおそる見上げると、そこには嬉しそうな野分の顔。

そんな顔を見てしまっては、今更振りほどく事も出来ず、俺は通りの暗さに感謝しながら先を急いだのだった。

 ◇ おわり ◇



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『夜の散歩  〜ラーメン編〜 』




駅を過ぎて、しばらく歩いて行ってしまってから思い出した。

「あ!野分、ラーメン忘れてる!」

「本当ですね。戻りましょうか。」

つい買い物で頭がいっぱいになって、今夜のメインを忘れるところだった。
俺は野分の手を握ったまま、元来た道を戻り始める。
もう30分くらいで最終の電車が停車するから、必然的に駅前の屋台は一時的に混んでしまうんだ。電車が着く前の今ならタイミング的にちょうどいいかもしれない。

「買って帰ったものを早く試したくて、つい忘れていました。」

野分が何を言っているのか一瞬分からなくて、ワンテンポ反応が遅れたが、思いっきり踵で野分の足を踏んづけておく。

「痛いです・・・・。」

「・・・・だいたい明日は俺もお前も仕事だろうが!!下らん事言ってねぇで、食ったら帰って寝るぞ!!」

「何回もしませんから。」

「うるさい!しつこい!」

「じゃあ、せめて口で・・・・・。」

もう5〜6回踏みつぶして欲しいのかと足を踏みならすものの、今度は上手く避けられて尚更腹が立つ。

「俺の制裁を避けるとは、野分のくせにいい根性してるじゃねーか。」

「嫌ですよ。だってヒロさん思いっきり痛い指先狙ってくるし、このスニーカー下ろしたばかりなんです。」

「じゃあ尚更踏んで馴染ませてやるよ。子供の頃おろしたてで真っ白いスニーカーやシューズが恥ずかしくてわざと砂に埋めたり、踏んで慣らしたりしなかったか?」

「しません。新しい方がいいです。」

結局その後1回も攻撃は決まる事なく、いい年した大人が二人して公道でじゃれてんのもどうか、とやっと気がついた俺は、口を尖らせたまま野分の手を引いて、高架下にあるラーメン屋台を目指した。

案の定、今日は空いてる。
前に野分と一緒にここを見つけた時には、大盛況で屋台のカウンターからあぶれ、丼持ったままガードレールに並んで座って食べたんだった。

「大将、葱多めで二つ。」

「ハイ。毎度あり。」

狭いカウンターに並んで立った俺と野分の前に湯気のたつ丼がそれぞれに置かれる。
最近テレビでよく見かける、行列の店のようなひねりは微塵も感じられない、普通の中華そばだ。澄んだ色のスープの醤油の匂いが香ばしい。

途端にお腹が空いてきて、すぐに食べ始めた俺の横で、野分はいつもの通り、ちょろちょろと箸で麺をつまみ上げては、女の子かってくらい上品に吹き冷ましている。

猫舌って・・・・・この世で一番ラーメン食って欲しくない人種かもな。

俺には見慣れた、野分のこの可愛い仕草も、うるさいこだわりの店に連れて行くのは、はばかれる。せっかく楽しみに二人で食いに行って、嫌味言われたり、睨まれたりなんかしたら俺がキレて暴れそうだからだ。

幸い、屋台の店主は食べてる俺達を放っといたまま、スポーツ新聞に夢中で、一安心する。

こういうメニューの時には、つい早食いになってしまう俺だけど、今日はちょっとでも野分のペースに合わせてやりたくて、気持ちペースを落とす。

横には両手で丼を抱えて、スープをふうふう吹いてる野分。
大きなヤツが狭い屋台の中で少し背中を丸めて丼を抱える姿は何とも言えず可愛いかった。

こいつは何かあるごとに俺の事を「かわいい、かわいい。」と言うけれど、俺から見ればこいつの方がよっぽど可愛いっつーの。

そんな事を思い巡らしながら、俺は最後に残しておいた叉焼にかぶりついた。



 ◇ おわり ◇


『夜の営み編』に続く




2009月6月3日〜6月8日連載


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